与那国に迫る危機!!!

投稿日: 2012年10月20日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

与那国に迫る危機!!!
今回は、政府の無策によって危機に瀕している与那国島の実情を知ってくもらいたいと思います。沖縄は本当に危険な状態です。

正論8月号より
報道されない離島の真実 下
「三里塚」化する国境最前線の島々
自衛隊配備が決まった与那国島では、中学生まで巻き込んだ反対運動が。宮古では、暴力的妨害でつぶされた誘致が再浮上ー。

■不安高まる国境の島
東シナ海で高まる中国の脅威に対し、防衛省は2013年末までに日本最西端の与那国島に100人程度の沿岸監視隊を配備することを決定した。
沖縄本島から南西約500キロに位置する与那国島は、台湾からわずか111キロという距離にあり、晴れた日には西崎から”台湾の山”を肉眼で確認できる”国境の島”なのだ。ところがこの与那国島に、これまで自衛隊はおろか、海上保安庁すら配置されてこなかったのである。
面積約28平方キロ、人口約1600人の島民を守っているのは、”2人の警察官と拳銃2挺”という心もとない現状なのだ。
そんな与那国島では、沖縄の本土復帰直後、与那国町議会が自衛隊誘致を決議したのを皮切りに、その後も自衛隊進駐を望む声が上がり続けてきた。
与那国町議会の糸数健一議員は、自衛隊駐屯の必要性についてこう訴える。
「誰がみても、1600人もの人口を抱える国境の島を守る自衛隊を置かないのはおかしいでしょう。国があまりにも怠慢で無責任としかいいようがありません。そもそも与那国島への自衛隊配備は、我々島民が誘致の声をあげる前に、国が積極的に行うべきことではないのですか?」
1996(平成8)年、中国は台湾の民主選挙に圧力をかける目的で、台湾近海に数発の弾道ミサイルを撃ち込んだ。実は、その内の一発が与那国島の沖合い約60キロの近海に着弾して島民を震え上がらせたのだった。このとき、地元の漁師は漁に出られず、経済的損失も小さくなかったという。つまり与那国島民は、今年4月の北朝鮮弾道ミサイル発射事案よりもずっと前に、中国の弾道ミサイルの脅威にさらされ、実害を被っていたのである。島民の自衛隊誘致の声はこうした経験に裏打ちされているのだろう。
今年4月の北朝鮮弾道ミサイル発射事案について前出の糸数議員は語気を強める。
「今回の事案でわかったことは、わざわざ本土からPAC3を運んでこなければこの地域の島々を守れないという恐ろしい現実です」
現在、南西諸島の防衛はあまりにも手薄で、この地域のパワーバランスは、強大な在沖米軍によって保たれているのが実情だ。
航空自衛隊は、F15J戦闘機を主力とする戦闘機部隊を那覇に配置し、海上自衛隊も、P3C哨戒機の航空部隊を那覇に配置しているが、増強著しい中国軍に抗してゆくには限界がある。しかも今回の北朝鮮弾道ミサイル発射事案で明らかになったように、島嶼部の防空体制は皆無なのだ。
また海上防衛力の中でも水上艦艇は、沖縄本島(勝連)に掃海艇3隻を配備するのみで、敵水上艦艇や潜水艦と戦える護衛艦などの水上戦闘艦艇は1隻も配備されていない。したがって今年4月の北朝鮮弾道ミサイル発射事案では、PAC3同様に、本土からイージス艦を派遣して周辺海域に配置しなければならなかったのである。
唯一の地上戦力である陸上自衛隊第15旅団の総兵力は、総勢わずか2100人。この旅団には戦車、特科(砲兵)、戦闘ヘリ、そして地対艦ミサイルなどの重装備は一切配備されておらず、上陸してきた敵部隊と地上戦を戦える普通科部隊(歩兵)はわずか1個連隊(約700人)のみ。しかも、沖縄本島以外の離島には、陸自部隊はまったく配置されていないのだ。この歪な戦力配分は、東西冷戦の名残で、近年では、「中国を刺激しないように」という本末転倒な配慮に因るものだった。
こうした現況下、国境の島・与那国の島民の自衛隊配備に対する反応について与那国防衛協会会長の金城信浩氏はこういう。
「自衛隊誘致に反対する輩が署名運動などをやっておりますが、そもそも島民のほとんどは、自衛隊やって来ることを大歓迎しておりますよ!島民の8割は賛成なんです。自衛隊誘致は、島の人の長年の夢であって、配備が実現したいま、一日でも早くきてもらいたいと思っております」
だが、こうした与那国島の人々の肉声は、ほとんど地元沖縄メディアに握りつぶされて本土に伝わらない。一方で、自衛隊誘致反対派の声については、どんな小さな声でも拾い集め、針小棒大に報道するのが沖縄メディアなのである。
しかもこうした自衛隊誘致反対運動は、本土や島外からやってきた左翼運動家らが混じった組織的運動だという。
2012年5月6日に与那国島で行われた自衛隊配備反対デモ行進および集会では、新聞報道では参加者が約150人だったというが、町民は約70人だったというではないか(『沖縄タイムス』5月8日)。ということは、半数以上が島外・県外の人間だったということになる。人口約1600人の与那国島で、町民わずか70人のデモや集会が、地域の平和のために自衛隊配備計画に影響を与えることなどあってはならない。
先祖代々の墓を守りながらクラス地生えの与那国島民にとってみれば、ひょっこり島外からやってきて、島民の長年の夢である自衛隊誘致に反対するなど迷惑なことこの上ない。
ところが沖縄のマスコミはこうした実態に踏み込むことは一切ない。むしろ自衛隊誘致反対運動の旗振り役となっている。彼らは何より優先して強烈なバイアスをかけてくるので、沖縄メディアの発信するニュースから”真実”を知ることはほぼ不可能といってよい。

■自衛隊配備は大歓迎
与那国島の人々が自衛隊を誘致する理由は、最も重要な安全保障の他に、もう一つ、島の深刻な事情もある。
与那国島の抱える深刻な問題は、島外への人口流出などによる”過疎化”である。少子化もさることながら、進学や就職のために島を離れてゆく若年層が後を絶たず、人口減少を止められない状況にあるのだ。
与那国島には高校がなく、したがって義務教育を終えた若者は石垣島や沖縄本島の高校に進学するしかない。そのため、両親も子供に連れだって与那国島を離れるケースが多いという。他の島で一旦仕事に就けばそう簡単に離職するわけにはいかず、したがって子供の高校卒業後も島に帰ってくる人は少ないというのだ。
では、陸上自衛隊の部隊が駐屯すればどうなるだろうか。
当然、これまで丸裸だった与那国島に抑止力が生まれる。と同時に、与那国経済は間違いなく活性化される。具体的な数字で示せば、1000人規模の部隊が駐屯すると、地元への経済効果はおよそ80億円に上るといわれている。隊員を賄う食材は、ほとんどが政策的に地元から購入され、隊員の消費は莫大なものがある。とくに、営内隊員とよばれる基地内の宿舎で暮らす若い独身隊員などは、衣食住が無料であるため、給与の多くが地元で消費されているという。実際、自衛官の客に支えられている日本全国の飲み屋は数え上げれば枚挙にいとまがない。雇用も創出されようし、地元の若者が自衛隊に入隊すれば就労対策にもなる。
むろん自衛隊が島に駐屯していれば、災害が発生した場合でも心強い。自衛隊医官による医療支援への期待も大きい。与那国島には唯一の公的医療機関・与那国診療所があるものの、その診療時間は平日の午前9時から正午の3時間のもで、たった一人の医師が対応しているのが実態だ。高齢化が進む島民にとって、島の医療体制への不安は増している。
このように自衛隊が与那国島に駐屯すれば、国境の島を守りつつ、同時に過疎化が進む地方社会を支えることになる。
にもかかわらず与那国島ではいま、自衛隊進駐に反対を訴える勢力が、与那国町議会に対して自衛隊誘致の是非を問う住民投票を実施せよと声を上げている。
今年6月4日、自衛隊進駐に反対する「与那国改革会議」なる団体が、住民投票を実施できる法的根拠作りのため、住民投票条例の制定を求めて与那国町の外間守吉(ほかましゅきち)町長に条例案などを提出した。驚くべきことに、この条例案の投票資格は、中学生以上の町民となっているのだ。
※参考記事:学校における生徒の自主的政治活動について
こんなふざけた話はない。パワーポリティクス(一言で言えば国益を第一に追求する外交方針のこと。)に支配された国際社会の現実や抑止力のなんたるかをまったく理解できない中学生が、自衛隊配備の是非など問えるはずがなかろう。
実は昨年11月には、与那国中学校で生徒が自衛隊配備反対の署名を集めるという問題も起きていて、中学生も偏狭なイデオロギー闘争に巻き込まれていたのだ。
そもそも、国防と外交は、国の専管事項であり、地方自治体の意向に左右されるべき問題ではない。ましてや住民投票の結果に従うなど論外である。
与那国の守りは日本国全体の問題であり、一地域の問題ではない。一部住民の反対意見で国家の防衛世策が左右されるようなことがあっては断じてならない。もしもこんな不条理が通れば、間違いなく全国各地に飛び火することになろう。その悪しき前例を作ってはならない。
地元メディアは与那国改革会議の意向を後押しするような論調だ。沖縄では左翼勢力の政治的住民移動の噂が後を絶たないが、もしや島外からの住民長移動が完了したからではあるまいな。そう勘ぐりたくなる。
情報筋によれば、先の自衛隊配備反対デモ行進のように、全国各地から左翼団体などが与那国島に集結しているという噂もある。
だが、いかなることがあっても日本最西端の国境の島・与那国を平成の”三里塚”にしてはならないのである。
※参考:三里塚(さんりづか)闘争

■人口60人の島の空港
本誌7月号でも紹介したが、とくに2008(平成20)年以降、沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋に出てゆく中国海軍艦艇が激増しており、この周辺海域の緊張が高まっている。
こうした昨今の中国海軍の動きを受けて、宮古群島では自衛隊誘致の声が高まりを見せている。なかでも宮古島に隣接する伊良部島・下地島では、古くから自衛隊誘致の声が上がりながら、その声が、接触不良の懐中電灯のように点いては消え、消えては点いていた。
人口約6000人を抱える伊良部島(いらぶじま)と、人口わずか60人の下地島(しもじしま)は、水路を挟んで隣接するいわば”双子島”であり、同じ宮古島市の施政下にある。
この下地島には、3000メートルという長大な滑走路を持つ下地島空港(下写真)がある。
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この空港は、旅客用ではなく、民間航空会社の離発着訓練のための飛行場として使われている。実は、この下地島空港は南西諸島防衛の重要拠点となりうる施設であり、ここに自衛隊を進駐させることが島嶼防衛および増強著しい中国海軍に対抗する最善策となるのだ。
前述したように、中国海軍艦艇が太平洋に出てゆくとき、そのほとんどが沖縄本島と宮古島の間を抜けて航行しており、したがってこの国防の要衝に自衛隊を配備することは、増強する中国海軍に対する極めて有効な対抗策となる。
たとえば下地島空港に、対潜・哨戒能力に優れた海上自衛隊のP3C哨戒機あるいは、その後継続機P1からなる海自航空部隊を配備すれば、中国海軍に対する抑止力は格段に高まる。また、航空自衛隊第83航空隊のF15J戦闘機の前進基地として利用できれば、空母登場後も中国の航空戦力に対して優位に戦うこともできよう。
そしてもう一つ、いわゆるリスク分散という軍事的合理性からも下地島空港への自衛隊配備を行うべきであろう。
現在、南西方面の空自第83航空隊および海自第5航空群は壊滅する恐れもある。だからこれらの航空部隊を分散配置させておく必要があるのだ。
また中国の尖閣諸島侵攻シナリオも想定しておきたい。
たとえば那覇空港で、中国の民間航空機にエンジントラブルを装わせて滑走路上で立ち往生させれば、航空自衛隊那覇基地のF15戦闘機は離発着できなくなり、その隙に中国の空挺部隊が尖閣諸島に奇襲降下を仕掛けるという事態も考えられなくはない。
そのため、下地島空港に空自および海自航空部隊を分散配置しておく必要があると考える。
さらに宮古諸島には陸自の地対艦ミサイル連隊も駐屯させておきたい。この地域に対艦・対潜攻撃力が存在することは、沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋に進出する中国海軍への効果的な牽制となるからである。
一方、中国海軍にとっても、海軍艦艇の太平洋への玄関に位置し、しかも3000メートル級滑走路を有する下地島・伊良部島そして宮古島は彼らが喉から手が出るほど欲しい戦略目標となっている。

■国防と島の活性化
そして、そんな下地空港に自衛隊を誘致しようと、平成23年3月に立ち上がった市民グループがある。「下地島に自衛隊を誘致する住民の会」だ。
※参考動画:【先島物語】島嶼防衛・最前線レポート、下地島の自衛隊誘致[桜H23/10/24]
その設立の背景は次の通りである。
《近年、尖閣諸島問題で、中国との資源と軍事に関する軋轢(あつれき)が浮上し、我が国の国防及び資源、領海問題等、国家の主観が問われている。佐良浜の漁師は、尖閣諸島まで漁をしにいく。加えて、南西諸島は国防の空白地域である。下地島空港の活用は、伊良部・宮古島市の将来には絶対不可欠であるが、特に、諸条件、取り巻く諸情勢からみて、自衛隊の下地島への誘致は宮古地区のみならず先島地域、我が国の南西地域における国防の観点からも最良の策と考えた》(同会活動経緯より)
そして同会会長の伊志嶺朝令氏(元伊良部町議会副議長)は、自衛隊誘致のもう一つの理由についてこう語る。
「下地島空港を建設するにあたり、空港を平和利用することをうたった『屋良覚書』が当時の琉球政府と伊良部町で交わされましたが、実は同時に、27項目の約束事ー病院建設や大学誘致、そして観光誘致といった地元の活性化策が約束されていたんです。ところが、あれから40年が経ち、昭和54年に空港が開港してからも30年以上になりますが今も何一つ実現されておらず、伊良部島の人口流出と地元産業の衰退は深刻な状況にあるんです。そこでもう一度、この島を活性化させるために、自衛隊を誘致しようと考えたのです」
宮古島の離島である来間島(くりまじま)、池間島には、島民のために長大な橋が架けられ、その美しさから観光名所にもなっている。そして平成26年には、宮古島と伊良部島の間にも全長3540メートルもの長大な「伊良部大橋」が架かる。離島に暮らす島民の利便性の向上を考えれば、こうした振興事業によって離島が活性化するだろうと考えるのが一般的だが、実はそうではなかった。
前出の伊志嶺会長は険しい表情でこう語る。
「伊良部島は、かつて1万人もいた人口がいまでは6000人に減っており、我々が以前思い描いていた将来像とは異なり、若者がどんどん減ってきているのです。近く伊良部大橋ができますが、池間島のように若者が宮古島に出て行って、年寄りだけの島になってしまう恐れがあるんです」
そして伊志嶺会長は力を込めていう。
「下地島空港は、島の活性化のために作られた空港でもあると考えています。しかし、いまでは日本航空が撤退するなど、訓練飛行場としての役目も小さくなり、島の活性化のために十分機能していないのです。そこで、下地島空港という我々の”財産”を有効利用し、ここに自衛隊を誘致して島の活性化をしてゆきたいと考えているのです」
つまり、自衛隊誘致の理由は、与那国島と同じく、”安全保障”と、その副次産物としての”島の活性化”だったのである。
同会事務局長の仲間明典氏(当時・伊良部町企画室長、元宮古島市会議員)もいう。
「下地島空港を作った時の村長は、空港の開港式で、『下地島空港は伊良部島と運命共同体である』と言っております。下地島空港の有効利用は、宮古圏域にとっても大きなメリットがあると考えております」
下地島空港の平和利用ー要するに軍事利用を認めないーをうたった『屋良覚書』が交わされたと同時に、地元の伊良部島に水面下で示された27項目のいわゆる地域振興案の存在については、実はこれまで全く知られていなかった。
このあたりについて、同会の事務局長補佐を務める長嶺吉和氏(元伊良部町議会議員)はいう。
「そもそも『屋良覚書』は、27項目の地元振興策が守られてこそ有効だと解釈しております。いずれにしても国防および地域振興のことを考えれば、もはや自衛隊を誘致するしかありません」
また、前出の仲間事務局長は、”平和利用”をうたった『屋良覚書』があっても自衛隊誘致はできると力説する。
「当時は、飛行場を作ると米軍が利用するのではないかと心配して、それを阻止するために、『屋良覚書』が作られたんです。しかし自衛隊は国の平和と安全を守る組織でしょう。しかも自衛隊の急患空輸は島民の命綱です。とくに夜間の急患空輸なんかは自衛隊しかできないじゃないですか。自衛隊の駐屯は『屋良覚書』には抵触しないんです」

■反対するのは”本土の人”
だが、そんな下地島空港に自衛隊がやって来ることに反対する人々もいる。彼らがいうのは、「反戦平和」「軍隊のない平和な島」といった軽薄なスローガンであり、”自衛隊があると戦争が起こる”という昔ながらの子供だましのレトリック(言い回し)である。
彼らは、まるで自衛隊が主体的に戦争を起こす厄介者であるかのように喧伝するのだ。こうした輩は、外敵からいかにして島民を守るかなど念頭になく、狂信的なイデオロギーに忠実に、自衛隊の進駐を阻止することだけが目的なのである。ただしそれが結果的に中国に利することになるわけだから、彼らの背後に中国の存在が見え隠れすると感じるのは決して筆者だけではないだろう。
そしてこの島でも、自衛隊誘致反対を唱えるのは、やはり地元の人ではなかったのだ。前出の長嶺事務局長補佐は、そんな”反対の声”の実態を暴露する。
「我々が、自衛隊誘致のために動こうとすると、きまって反対派が動き出すんです。ところが、自衛隊誘致に反対するのは、島外、とくに県外それも本土からやってきた人々で、『自衛隊誘致反対!』と騒ぐんですよ。地元・伊良部島の人が赤旗を持って騒ぐことなどありません」
伊志嶺会長も、伊良部島民に自衛隊誘致に反対する人はいないと明言する。
「自衛隊誘致に反対している人は、伊良部島の人ではないんです。島外からやってきた人ー我々は、”大和”と言っておりますが、つまり”本土の人”がこの島にやって来て騒いでいるだけなんです。彼らは自分達の生活が安定していますから、この島の将来をどうすればよいかなど考えてもおりません。要するに、ただ”反戦平和”を唱えていればいいというそんな連中なんですよ」
もとより本土の自治労や左翼団体などが沖縄にやってきて、沖縄の労働組合や沖教組と連携して米軍基地反対運動を各地で展開しているということは、地元沖縄ではもはや周知の事実なのだが、これが本土に伝わってこないのだ。前述したように、沖縄のメディアがこうした事実を伝えようとしないからである。むしろ彼らは、こうした左翼団体と一体となって反米・反自衛隊の運動を煽り、同調圧力をかけているのである。
実は過去にも、こうした左翼団体の不当圧力によって下地島空港への自衛隊誘致が流れた苦い経験があった。
平成13年4月、伊良部町議会(当時)は「下地島空港における自衛隊機訓練誘致に関する決議」を全会一致で決議した。
『宮古毎日新聞』(4月18日)によれば、この日の質疑応答では、「自衛隊が誘致されることにより、町の人口増、自衛隊による緊急時の急患搬送の時間短縮などがある」などの賛成論が相次ぎ、反対の異を唱える者は一人もいなかった。そして起立による採決で全会一致の議決となるや、傍聴席に詰め掛けた自衛隊誘致賛成派の町民の中には拍手を送るものがいたという。
ところがその後、これを聞きつけた左翼団体が、当時の伊良部町長をはじめ自衛隊誘致賛成派の町議会議員らに組織的な恫喝の電話を繰り返したというのだ。
その4年後の平成17年、この伊良部町と4市町村(平良市・下地町・城辺町・上野村)の合併の話しが持ち上がった。このとき、伊良部町の自衛隊誘致決議がこの町村合併問題に絡められて廃案に持ち込まれていったのである。
当時の伊良部町企画室長・仲間明典氏によれば、伊良部町が他4市町村と合併して「宮古島市」となれば、伊良部町が自衛隊を誘致してその経済効果を期待しなくてもやってゆけるという、自衛隊誘致決議を葬り去ろうという意見が飛び出してきたというのだ。
それでも同年3月16日の伊良部町議会では、自衛隊誘致反対8人に対して賛成9人で辛くも賛成派が勝利した。ところがその後の伊良部島ではとんでもないことがおきる。
仲間事務局長は、驚愕の事実を暴露した。
「それからがたいへんでした。本会議で自衛隊の誘致に賛成した議員の自宅には、無言電話や脅迫電話が昼夜問わずかかってきたんです。これは明らかに組織的な嫌がらせでした。しかも賛成派議員の親戚からも説得の電話をかけさせるなど、革新の連中は手段を選びませんでした」

■平和運動家たちの”暴力”
仲間事務局長は続ける。
「そんな中、自衛隊誘致に関する住民説明会が伊良部町の中央公民館で開かれたんです。ところが、住民説明会とは名ばかりで、その実態は、自衛隊誘致反対のための”誘致反対決起大会”であり、かつ”自衛隊誘致賛成派に対する糾弾集会”だったんです。
島外からも1000人だったか2000人だったか、自治労や沖教組、労働組合などの革新団体から大勢の活動家、いわば”反対職業人”が伊良部島に大挙して乗り込んできていたんですよ。そして自衛隊誘致賛成派の町議会議員らを壇上に上げて吊し上げたわけです。私が、自衛隊誘致賛成の意見を話し始めたら、1分も経たないうちにマイクを取り上げられる異常な状況でした・・・」
まさに中国で荒れ狂った文化大革命における「紅衛兵(こうえいへい)」の暴走そのものである。
彼らは、壇上に上げた自衛隊誘致賛成派の議員らに対して、
「あんたらは、日本全国に自衛隊の基地がいくつあるか知っているのか!」
「下地島を戦場にするつもりか!」
とお門違いの感情論ばかりをぶつけたという。
「自衛隊が来ても、工事は絶対に請け負わないぞ!」
といった地元建設会社の意見もあったというが、当時としては、土木工事は喉から手が出るほど欲しかったはずだ。このことは、自衛隊誘致反対を唱える左翼勢力のすさまじい同調圧力の成果といえよう。
仲間事務局長はさらにいう。
「この説明会に参加した人は、会場の入り口で無条件に全員が署名させられました。この署名は、自衛隊誘致反対に利用されたと思います。普通ならこんなことは許されないでしょうが、とにかく連中は、自衛隊誘致賛成派の声を握りつぶすために力づくでメチャクチャやったんです」
左翼団体の猛烈な圧力を受けて、そのわずか1週間後に異例の臨時町議会が開催された。そして再び決議が行われて、自衛隊誘致の白紙撤回が決議されたのである。かくして伊良部町の民主主義は粉砕されたのだった。
仲間事務局長はいう。
「伊良部町議会の義場は、再び左翼団体に取り囲まれて、自衛隊誘致賛成派議員の胸ぐらを掴む労働組合の職員もおりました。こうした暴力を含む不当圧力に屈した伊良部町議会は、ついに自衛隊の誘致を白紙撤回させられたんです」
ここまでくると、もはや犯罪レベルである。
仲間事務局長は、この臨時町議会の開催事態の違法性を指摘する。
「本会議の会期中に、臨時議会招集の通知を出すことは本来できないはずです。議会会期中に同じ議案を二度も審議するというのはあってはならないことだからです。とにかく当時は、自衛隊誘致は命がけだったんです」
全く信じがたいことだが、自衛隊の誘致を巡ってこのようなことが南の島で行われていたのである。まさにこれこそが、沖縄の異常な言論空間の実相なのだ。
長嶺事務局長補佐はこう言う。
「昔と今では状況が大きく変わっています。以前とは違って、いまでは、中国の軍拡や尖閣諸島問題といった不安材料がいっぱいあります。それに経済的な問題もあります。住民は皆、危機感を持っているので自衛隊誘致に反対しないでしょう」
仲間事務局長も力を込めていう。
「米軍が交通事故を起こしただけでも大騒ぎするのに、宮古島の沖合いを中国の潜水艦が領海侵犯をしても、文句もいわないなんてどうかしているんですよ。南西諸島を守る国防、国際貢献、地域の活性化、そして島民の命を守る急患空輸という点から自衛隊を誘致すべきです。昨今の情勢を考えたら、この地域に”力の空白”を作ってはならないんですよ」
そして伊志嶺会長はこういう。
「昨年3月に『下地島に自衛隊を誘致する住民の会』を発足させて以降、反対意見は寄せられておりません。逆に、ぜひとも誘致のために頑張ってほしいという住民の声がたくさん寄せられております。それが励みになっております」
これが宮古群島の自衛隊誘致を求める地元住民の肉声なのである。
「なんだ、自衛隊誘致の動機の一つが島の活性化だったのか」と訝(いぶか)る人もいるかもしれない。しかしよく考えていただきたい。
我が国の領土である離島が活況を呈し、経済的に安定していれば、対馬のように韓国人に土地を買われることもないだろう。
また働き口や学校があれば、若者は島から出てゆくこともなかろう。島嶼防衛の基本は、まずは島に人が住んでいることであり、尖閣諸島のように無人の島になれば、相手に侵略の隙を与えてしまいかねない。このことは現状に照らせばおわかりいただけよう。
つまり島に人が住んでいること自体が抑止力となり、したがって、島の活性化は島嶼防衛の基本なのだ。
まさに武田信玄の「人は石垣、人は城」なのである。
ここまで**

■関連記事
・国境の島の衆愚政治!(狼魔人日記)
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/3c120c6559b84309b17a228b4a70f57e
【山本皓一】中国による尖閣領有”証拠”捏造の実態[桜H23/1/6]
http://youtu.be/prYLRvdoG38

■おまけ
・瑞慶覧長敏(ずけらん ちょうびん)ーWikipedia
無所属の衆議院議員(当選1回) 2012年7月2日、民主党に離党届を提出し、無所属ではあるが、衆議院会派としての「国民の生活が第一・きづな」に所属している。
政策・主張:反基地の立場(与那国島をはじめとする先島諸島への自衛隊配備に強く反対など)。東日本大震災により発生した、瓦礫の受け入れに反対している。
※「市民の党」沖縄でも民主と蜜月 代表が瑞慶覧議員の政治団体設立(2011.8.4)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110804/crm11080400330000-n1.htm
菅直人首相の資金管理団体が、日本人拉致事件の容疑者の長男が所属する政治団体「市民の党」(酒井剛代表)から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」に巨額の政治献金をしていた問題に絡み、酒井代表が沖縄県で民主党の瑞慶覧(ずけらん)長敏(ちょうびん)衆院議員(沖縄4区)の「国会議員関係政治団体」を設立し、代表に就任していたことが3日、分かった。市民の党が沖縄にも“拠点”を置いて民主党を支援していた格好で、ここでも両者の蜜月関係が浮上した。
酒井氏が代表を務めているのは、瑞慶覧氏の国会議員関係政治団体「どがんかせんば!の会」(那覇市)。平成20年7月に設立届が出され、酒井氏が代表に就任した。事務担当者は21年から、市民の党やめざす会と同一人物が務めている。
政治資金収支報告書によると、「どがんかせんば!の会」の20、21年の収入は計約1571万円で、大半が市民の党に近い地方議員からの個人献金が占めていた。めざす会の奈良握代表も21年に67万5千円を献金している。沖縄県在住者からの献金は1件もなかった。
瑞慶覧氏は今年6月16日付けの地元紙「沖縄タイムス」への寄稿で、与那国島をはじめとする先島諸島への自衛隊配備に強く反対するなど、「反基地」の立場で知られている。
瑞慶覧氏は産経新聞の取材に、「酒井氏には初当選した際に手伝ってもらった。無責任と思われるかもしれないが、『政治団体を作るから』と言われ、趣旨も団体の名前もよく分からないまま書類にサインしてしまった」と経緯を説明。その上で「酒井氏と拉致容疑者親族との関係は知らなかった。それが事実で、軽々に署名してしまったことがよくないということになれば、国会議員関係政治団体となっていることをやめるようにしたい」と話した。
※【与那国自衛隊配備】陸自沿岸監視部隊配備調査の入札に待った!
http://chobinz.ti-da.net/e4061700.html
※選挙前.com評価 -2
http://senkyomae.com/p/930.htm

【燃え上がる尖閣】尖閣だけじゃない!与那国島に迫る危機


与那国島を出る中学卒業生たちが、万感の思いで故郷に残した記念碑 (撮影・山本皓一)【拡大】

 いまそこにある「日本の危機」は尖閣諸島だけではない。台湾まで111キロ、尖閣から150キロ、石垣島から107キロ、まさに国境に位置する沖縄・与那国島も、政府の無策によって危機にひんしている。

 戦後の一時期には、台湾との砂糖や米の貿易で約2万人の島民がいたが、現在の島民数は1578人(2012年4月)。年間100人に近い島民が減り続けている。地場産業も振るわず、島内に高校がないため、子供の高校進学と同時に一家で島を出るケースが多いのだ。
 

こうした状況下で、民主党政権が進める外国人地方参政権付与法案が成立したら、どうなるだろう。与那国島に外国人が大挙して移住してくれば、地方行政は牛耳られかねない。武力による領土侵略ではなく、合法的に内懐から“実行支配”を受ける危険性がある。

 弱腰だった日本政府も昨年8月、やっと事の深刻さに気づき、遅まきながら陸上自衛隊「沿岸監視部隊」(200人規模)を与那国島に配備する方針を決めた。島民がこれ以上減らないように、「国境特別法」などで支援の必要もある。
 それだけでも安心はできない。中国国内では現在、「琉球(=沖縄)はもともと中国の島」という意見が広まりつつあり、勝手に「琉球共和国憲法」「琉球国旗」まで作り、返還要求までしている。とんでもない話だ。共産党独裁の国で、政府に無許可でこんな活動ができるのか。煽っているとしか思えない。

 同じような現象は、竹島に近い対馬(長崎県)でも起きている。
 対馬の島民数は3万4000人ほど。やはり人口は減少傾向だ。ここに年間8万人を超える韓国人が押し寄せてきている。島の経済は、彼らの落とすウォンで成り立っているといえなくもない。観光名所づくりの一環として、朝鮮ゆかりのモニュメントが次々と建立され、昭和天皇の行幸記念碑の立つ土地まで韓国企業の手に渡った。日本人は立ち入り禁止だ。

 近隣諸国の領土・国益に対する欲求は、露骨なまでに貪欲だ。いちいち挙げればキリがない。すでに半世紀以上にわたって、日本の国境は北方領土も含めて危機状況が続いてきた。それが2009年9月の民主党政権の誕生で拍車がかかった。

 ただ、尖閣沖・中国漁船衝突事件(10年9月)を機に、日本人は領土・主権意識に目覚めた。東京都の石原慎太郎知事の「都で尖閣を購入する」という呼びかけに、多くの人々が賛同した。これからが始まりである。もうこれ以上、つけ込まれる隙を与えてはならない。=おわり
 

■山本皓一(やまもと・こういち) 1943年、香川県生まれ。日大芸術学部を卒業後、渡米。出版社を経て、フリーランスのフォト・ジャーナリストに。世界各国のルポルタージュや、湾岸戦争、ソ連崩壊、北朝鮮などをカバー。近年は尖閣諸島や北方領土、竹島など、日本の国境の島々も取材する。著書に「田中角栄全記録」(集英社)、「日本人が行けない『日本領土』」(小学館)、「誰も見たことのない日本の領土 DVD」(宝島社)など多数。

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