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11、17、6、13は、注意せよ!

投稿日: 2015年4月11日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

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《 坂の上零の、この情報が真実なら、….備えよ 》
これが真実なら、また、911、311、に引き続き、アメリカ軍による日本への、自然災害を装ったテロ攻撃が計画され、実行されることになります。
南海沖のプレートに、また良からぬ物を埋め込まれるかもしれません。
なにも起こらないことを願いつつも、最悪の事態に備えておかねばなりません。
また、来るかな…….
彼らは、悪魔崇拝カルトですから、彼らは、数字や名前にこだわります。
11、17、6、13、この数字の日に犯行に及ぶ可能性がたかいから、次に、伊勢神宮を狙って起こされる人工地震は、
411    4月11日
417   4月17日
または、地震測定器械が停止されている間の期間なら、
511
517
506
606
611
などになる可能性があります。
ご留意ください。
彼らは、また日本を襲うと考えておくほうが論理的ですので、太平洋側に住む、時に南海沖、関西、中部地方の方々は、水、食料、必須日用雑貨の備蓄、避難用のセットの背負える荷造りをしておき、いつ、また日本への攻撃がなされても、逃げる場所の確保と、避難セット、水、食料の備蓄、赤ちゃんがいる方は、おむつやミルクの備蓄を常に用意しておくように、お願いします。

もはや、日本の政府は、外圧に乗っ取られており、悪魔崇拝カルトのグローバル資本家たちに牛耳られたアメリカの傀儡御用聞き政府ですから、日本政府は、日本国と国民を守る責務を放棄しております。

311の被災者の方々への冷たい仕打ちや、東北の被災者を助ける気など全くなかった日本政府の行動を見てきたのですから、日本政府が、日本国民のためには時になにもしないし、支援も、返済せねばならなかったり、期限つきですから。
日本政府が、国民に内緒で、必死に助け、積極的に無償で支援してきたのは、日本国民ではなく、外国と、外国人ですから。
それも、日本に差別利権をちらつかせて、日本にたかりたいだけの外国や、反日教育を受けた外国人にたいして、です。

ですから、また日本が攻撃されて、地震を誘発されようとしても、今まで通り、見て見ぬふりですし、報道もされません。
人工地震により、また甚大な被害が出ても、それにより、あなたや私の生活が破綻しても、日本政府が、外国人にするようには、日本人を積極的に無償で助けてくれることはないと肝に命じていなければなりません。
今の日本は、国家ではありません。


日本は、もう、日本国民の国ではなくなってしまって久しいのです。
ですから、日本政府は、外国人のために政治をしますが、日本のためには政治をしません。
日本人は、もう政府をあてにできませんので、日本と皇室をまもるために、私たち自身の生命、財産、健康、子孫が人間の体と心で生まれてくる権利を守るために、日本人同士、民間で自衛団でも造り、互いに助け合うしか、生き延びれなくなりました。これからは、自分の身は自分で守るしかないのです。

悲劇の知日家 朴鉄柱氏 韓国が抹殺した韓国人

投稿日: 2015年4月8日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

悲劇の知日家 朴鉄柱氏 韓国が抹殺した韓国人

2015年4月8日 13:29

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(FBF神さまよりシェア)

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●悲劇の知日家 朴鉄柱氏 韓国が抹殺した韓国人(動画)

https://www.youtube.com/watch?v=hFe2xkpupBo

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以下文字おこし

(大正十一年(一九二二)、釜山生まれ 平成二年一月逝去・六十八歳、

 昭和二十九年五月「日本文化研究所」を設立)

大東亜戦争下に日本の皇典講究所を卒業。下関の住吉神社に奉職。戦後韓国に帰国。

李承晩大統領の反日政権下にあって苦汁を嘗めさせられる。

(日本の学校を出た者は、「民族反逆者裁判条例」に引っ掛かり追放)

朝鮮動乱を経て、昭和29年5月に「日本文化研究所」を設立。

研究主題は
一、日本上代文化の研究
二、帰化文化の研究
三、日本の信仰、道徳等精神文化の研究

同じころの我が国が、敗戦により自国文化の否定、罵倒する言論がまかり通っていたのとは対照的です。

その後「日本と韓国」(韓国と日本ではない)という著書を南朝鮮で出版しましたが、

「反共法」に引っ掛かり、朴氏は裁判にかけられ、三年半の刑が言い渡されました。

著書は全て没収・焼却されました。

この著書は三分の二が日本への言及であり、日韓の恒久的安定が説かれていました。

出獄後KCIAからの査察を受け、何回か投獄の憂目を見ましたが、それでも初一念を曲げず「日本文化研究所」は名称を「韓日文化研究協会」と改め、細々と続けていました。資金なく、生活は文字通り赤貧洗うがごとき状態でした。

名越二荒之助氏が昭和四十二年に学生達と訪韓し「韓日文化研究協会」を尋ねた時に荒廃して目も当てられぬくらいの研究協会の建物を指さしながら「これで松下村塾なみになりました」とカラカラと笑いました。

名越二荒之助「朴鉄柱大人を偲ぶ」より

朴氏は吉田松蔭のような生き方をもって、日韓永遠の架け橋たらんとしていたのです。

私たちが来るというので、朴氏の弟子数人も集まっていました。

朴先生と弟子たちの目は爛々と輝き、底知れぬ迫力を感じました。

対座していると、反日砂漠の中でオアシスに出会ったような安らぎを覚えました。
朴会長は我々の訪問を待ちかねたように、語り始めました。

それは堰を切った急流のように溢れ出て、とどまることを知らず、三時間がアッという間に過ぎました。

「韓国から日本をながめていると、日本が〝心〟という字に見える。

北海 道、本州、四国、九州と〝心〟という字に並んでいるではないか。

日本はすばらしい。

万世一系の御皇室(御をつけらる)を戴き、歴史に断絶がない。

日本固有の神道が、現在に至るまで相続されており、全体が調和された形でできている。

〝八紘為宇〟という考え方は、日本の大らかさの現れであって、これは積極的に世界に知らせる必要がある。

それに較べて韓国の歴史は、悲惨であって断層が深く、涙なくして見ることはできない。

暗い場所から見れば、明るい所は余計にはっきりと解る。韓国は日本文化の豊かさの中から学ぶことによって、内面的支柱を確立するよう努力したい。」

「韓国の檀君神話といっても、あれは高麗時代、モンゴルの支配下に置かれた時、一然上人が民族精神を振起するためにまとめたもので、高麗神話の性格が強い。

ほかに新羅や百済や駕洛にも神話がある。

韓国は、日本のように統一した一つの 神話にはなっていない。


日本神話は、ギリシャやユダヤの神話に較べて明るく、ロマンの香りが高く親しみやすい。

それに日本神話は檀君神話より四百年も前にまとめられた。


私が日本神話に内面的親しみを感ずるのは、日韓は同祖だと信ずるからである。

それは民族学的な立場からも立証できる。韓国は古来から祖先信 仰と自然崇敬の念が強く、山神霊廟があり、それらをまつるために、『鳥居』や『しめなわ』『ヒモロギ』を使ってきた。それに日韓両国には、「白衣」の思想が あった(これらは中国にはない)。

日本の神職は、神に近ずく時には白衣を着る。韓国民も霊廟に参拝する時には白衣を着るし、目上の人に会う時にも白衣を着るのが礼儀となっている。まず自らの身を浄める訳である。」

「第二次大戦後の日韓関係は、李承晩政権の影響もあって、共産主義以上に日本を憎む傾向があった。

そのため日韓の氷山の一角を誇大に強調して、隠された部分を見落していた。

お互いの精神的歴史的豊かさを掘り起す努力をしようではないか。

そのために日本は自信をとり戻して、おおらかに民族形成の原点に立ち返ってほしい。」

「現在の日本人の自信喪失は敗戦に帰因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。

平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後までとり組んだ。

それまでの日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。

最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。

〝事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし〟

というのが、 開戦時の心境であった。

それは日本の武士道の発露であった。

日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨身の一撃を与えた。

それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。

日露戦争と大東亜戦争-この二つの捨身の戦争が歴史を転換し、アジア諸民族の独立をもたらした。

この意義はいくら強調しても強調し過ぎることはない。」

「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスを始めとする植民地を持った欧米諸国であった。

彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。

戦争に勝ったか敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決る、というのはクラウゼウィツの戦争論である。

日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。

日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、〝聖なる戦争〟であった。

ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐ回復できたではないか。

二百数十万の戦死者はたしかに帰ってこないが、しかし 彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇の対象となるのである。」

その後、朴氏は肺がんに犯された体に鞭打って、亡くなる一年前の平成元年一月に先帝陛下の御大喪の際に来日したそうで、朴氏から兄と慕われた中村武彦氏の文章より朴氏のお人柄を偲べます。

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<平成元年一月、先帝陛下の崩御の直後に重い足を引きずって彼は東京にやってきた。先ず二重橋の砂利の上にひざまづいて、長い間頭を上げなかった。

御大喪の日には、雨の中を早朝から皇居前の堵列(とれつ)に加わり、お見送り申し上げた。名も無き一韓国人が、瀕死の身を以て氷雨に濡れながら、泣いて先帝陛下にお別れしたその悲しい真心を、御神霊は必ずや御嘉納になったであろう。>

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この様な朝鮮人がいた事を決して忘れてはならないが、今の朝鮮は日本統治時代が良かったと言ったご老人が殴り殺され、その行為を賞賛する奴までいるような国となっています。

以上。

☆—— —— —— —— —— ——☆

【朴鉄柱氏の講演から】

 今いちいち申し上げる暇はありませんが、日本は善意はあっても悪意というものはなかったと云える。さっきも申しましたように日韓併合だって悪意じゃない。これも放っておけば、日清戦争でやっと独立権を回復してやったのに、又ロシアにやられてしまう、これじゃいつまで経ってもだめだ、それじゃ自分たちがやってやらなきゃだめだということなんで、私は善意に解釈すべきで、決して悪いことじゃないと思います。
 私一つだけ強調したいのは、昨今の教科書問題とかで日本の侵略だとか何かと言っていますが、これは欧米諸国のようなものではありません。欧米のアジア侵略こそは筆舌に尽し難いものがあったわけです。皆さんもよくご存知だからいちいち申しませんが、ジャワ、インド、ボルネオ、すべて席巻して独立国と云えるのはシャムと日本しかなかった。中国だってアヘン戦争でズタズタにやられている。事実はこういうことなんです。

ただ問題なのは今日の日本と韓国はどうしたらいいかということです。これは大変な問題です。
 先づ日本のことを申してすみませんが、日本は歴史教育が全く欠けております。なぜ歴史を教えないかというと、GHQの政策をそのまま受け継いでいるからです。これじゃいけない。教科書にその国の価値観持つのは当然です。するとね、韓国騒ぎ、中国騒ぎするから取りやめる、これじゃいつまで経っても本当の歴史は成り立たない。このことを皆様真剣に考えて頂きたい。
 と申しますのは、何度も申すようですが、日本は決して悪意でやって来たんじゃないということです。欧米の侵略戦争はもっとひどかった。それに比べれば何ということはありません。
 まあ、大東亜共栄圏ということばはあまり好きじゃなかったんですけれど、要は弱者を保護し解放するということが日本本来の思想だったんです。これは極めて正しいことです。そこが歴史をまともに教えないから、皆様がもう卑屈になったという経緯がないでもありません。ですから、そこの所を皆様方が若い人の教育に熱心に当って頂きたいということを願いする次第です。

 それから韓国も然りですが、教科書問題を始めいろんな問題で日本をたたくのは、これ援助してくれとか、お金をくれとか、借款くれとか、経済的魂胆が必ずあるわけですよ。だから、煩わしい、うるさいからやってしまえということではアジア問題、日韓問題はいつまで経っても同じなんです。そこの所をよく考えて、日本の政治家は勿論ですが、皆さんの周辺からも正しい歴史教育が出来るようにして頂きたいと思うんです。
 本当のアジア問題の解決には、自主性が第一。自主的な教育、自主的な憲法に基ずくことです。相手が聴かなければ説得すること、相手がすねていたら引張って来てでもやるという気概を持たないとダメだと思います。煩わしいから金やってしまえばそれまでだというんでは、いつまで経っても解決しないと思うんです。
 韓国でも中国でも過去の歴史にこだわって好きなこと云わせていたらキリがないですよ。よく南京事件のことを持ち出しますが、その前の済南事件などは日本の人がたくさんやられているんですから。
 私、大変僭越なことを申し上げましたが、これがこれからの日本の進み方の基本になると思います。これが出来ない限り、お金の援助をいくらやってもキリがないんです。

 戦前の日本の国家的行動を「侵略」の一語で片づけるような歴史観は、本当の事実を全く無視しています。
 中国革命の父孫文は当初滅清興漢をスローガンとして戦っており、玄洋社の頭山先生など日本の民間志士とのつながりが深かったんですね。偶々日露戦争が起きて日本海海戦で日本が大勝した時、孫文はロンドンに亡命していましてイギリスの高官と話をしたんですが、日英同盟のさ中というのにその某高官は、白人が有色人種に負けたのが悲しいというんです。というのは、イギリスとしてはロシアの南進政策を阻止する防波堤とするため日本と利害関係で結ばれていたに過ぎないのです。しかし最早日本の防波堤としての役は終ったということで、白人が負けたことが悲しいというんですね。
 そこで孫文は一念発起しまして日本と提携しなくちゃいけないというので帰国して来るんです。そして中東アジアの港々に船が泊まると、原地人達からあんたは日本人かと云われ、理由を聴くと有色人種が白人に勝ったのが嬉しいと云って喜んでいるんです。それで日本に来た時、大アジア主義という演税をしたんです。そしてこの時、満洲は日本に与えてもよいと云っているんですね。というのは満洲は清国を興した女真族の故郷であって、孫文としては清を中国本土から追い払って漢民族の国を建てようとしているわけですから、満洲を中国の一部とは考えておらず、寧ろ日本が投資してアジア防衛の根拠地にしてもらった方がよいと考えたわけです。
 だからこの方向に沿って日本の国家権力も動かされてきたわけで、日本は悪いことをしてないんですよ。少なくとも政府はどうあれ、在野勢力というのは本当にアジア諸民族の味方になって連携を保ってやって来ている。先程も云ったように黒龍会が東学党を支援したり、玄洋社が辛亥革命やフィリピン独立運動を支援したり……。
 そうしてみると、明治維新のパワーというのは、政権の座に就いた側になくて、在野の人達に大きな維新精神が受け継がれてアジア問題を常に真正面から捉えて来てたんですね。
 私も頭山先生に戦前一度だけお会いしましたが、君は金玉均タイプだと云われました。金玉均というのは、御存知だとおもいますが、福沢先生の門下でもありまして李氏朝鮮末期独立党を作って親日政府を構成し日本と協力して韓国を立ち直らせて東亜の安定を保ちたいと主張したんです。それを時の日本政府は相手にしなかったんですが、頭山先生らは支援し続けたわけです。これは非常に価値あることだと思います。こうした在野の努力を除いて近代日本の歴史
もあり得ないと思います。 だって当時日本政府の高官は鹿鳴館に象徴されるように欧米模倣になり切って何もなかった状態です。伊藤(博文)
さんなんかも、料亭に行くと、頭山さんが来てないか、と聴いて来ていない、というと入ったというんです。来てるというと逃げちゃうんですよ。それくらい時の首相も在野勢力を恐れていた。後の首相になった犬養さんなどもその頃は玄洋社の志士だったんです。
 今日でも皆さん達のような民間の人こそが真の日本の歴史に立って尽力して頂ければいつか必ずアジア諸国との深い理解と友好が成り立つんじゃないかと思います。

 政府に任せたらダメなんです。私のよく知っている立派な人でも政府と結託すると必ず悪く染まるんですよ。
 私自身も朴正熙の時代から共和党に来てくれと云われたことがあるんですが、私は日本文化のこと以外は政治も知らないし、但し「古事記」なら講義しましょうと云って断りました。それが却って向うの心証を害してしまいまして弾圧され
たんです。「日韓間題の将来」という本も書いたんですが、反共法に引っかかって刑務所に入ったんですよ。こういうよう政治家に任せると目先に追われてダメなんです。在野の方が結束して勉強し、修行教化していけばやがて実現しま
す。これが基本だと思います。
 但し日本はゆくゆくは憲法改正しなくてはいけませんね。私どもの情報では韓国政府もおいおいよくなりつつあるらしい。というのは韓国野党に私友人がいるんですが、結構立派な人がいますので、次期政権は野党に帰ってくると思うん
です。すると私も遅ればせながら命ある限り協力してやっていきたいと思います。
 今まではよくないことばかりでしたが、日韓の文化交流の根は非常に深いんですから、これを民間の力で充分掘り下げていく研究機関を作っていけば必ず道が開けると思います。

 私、冒頭にも申しましたように「私と日本」という本を書いておりまして、個人的内容かと思うかも知れませんが、これを書き通しておきたいと思うのは、韓国の若い人の将来のためなんです。私が先駆者とは申しませんが、少なからずそ
うした気概で書いていますから、日本文化の理解に一生捧げ尽くしたいということは誰か分かってくれるんじゃないかと思うんです。
 貴重な時間を私ごとき者のお話をお聴き頂き、有り難く存じました。今後とも御指導賜り相携えて仕事をしていきたいと思います。

以上です。

image朴鉄柱氏

日本の中にある三つのミステリー・ゾーン

投稿日: 2015年4月3日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

もしかしたらミステリー・ゾーンと言ったほうがいいかもしれない場所を、

 一つ目は「田代峠」宮城県と山形県の県境にあります。
ここはUFOの地下基地があるとも言われており、1968年1月17日に
当地で墜落死した航空自衛隊松島基地所属のF86セイバー戦闘機のパイロット、
紙西一等空尉の慰霊碑があります。
 この墜落事故についてもUFO関連で語られることもあるようですが、それらの元ネタになっているのが、高橋コウという女性の手記に書かれた内容で、昭和50年に『婦人公論』誌に掲載された実話とされているようです。

 並木伸一郎氏の話を引用しておきます。
「山形県北東部、宮城県との県境にある”田代峠”周辺は、UFOの目撃をはじめ不可解な航空機事故が多発、加えて旧日本軍の秘密大洞窟までもが存在するという、東北最大の”超怪奇ゾーン”である。
筆者はこの秘密洞窟探しを、98年来ずっと続けている。
きっかけは、高橋邦泰さん(故人)の「山菜をとりに田代峠の奥まで侵入した際、
緑色のガスに包まれて大洞窟に導かれた。磁石がグルグル回り、その内壁には雑多な金属が張りつき、中に”金星発動機五十二型昭和十九年三菱航空機株式会社”と刻まれたプレートがあった」という摩訶不思議な体験を知ったからだ。
調査の過程で、このプレートにリンクする情報を得た。
太平洋戦争末期、日本軍はナチス・ドイツのメッサーシュミツトを模した、国産初のロケット戦闘機「秋水」を三菱重工によって開発させた。
秋水のエンジンは、日本飛行機の山形工場で作られていた。
完成5機、1号機はテスト飛行で大破。
戦後、米軍によって完成3機が没収された。注目すべきは残る1機の行方だ。
この1機が今なお日本のどこかに秘匿されているのだ。
かつて田代峠に日本軍が駐屯しており、終戦間際、地下の秘密工場で戦闘機を製造していたという情報がある。
事実なら、三菱の金属プレートが張り付けられていた大洞窟は、旧日本軍の秘密工場の入り口だった可能性が高い。
その先には広大な地下工場があり、密かに運ばれた幻のロケット戦闘機「秋水」
が秘匿されているとしたら、これはまさしく日本のX-ファイルである」(作家 並木伸一郎)
元話はこれです。 
田代峠の怪
高橋邦泰さんというのは話に出てくる高橋コウさんの息子さんでしょうか。

https://youtu.be/NZ8NAKdkm6A

その二は尾瀬湿原内にある「岩塔盆地」です。
これは不可思議話の大先達である西丸震哉氏が命名した地名ですが、正式名称ではないようです。
「岩塔ヶ原」と言われることもあります。

あるとき西丸氏が航空写真を機械で立体視していたら、湿原の中に尖ったドーム状の地形があり、人工物のようにも見える。
仲間をさそって実際に行ってみたら、岩塔自体は小山に木が重なって生えているものだったが、そこで奇妙な体験をした、という内容が『山だ原始人だ幽霊だ』だったか、(違ったらごめんなさい)に書かれていたと思います。この地は、地下の大神殿がある、ドッペルゲンガーに遭える、生き残ったサンカの住処であるというような噂があり、立ち入り禁止区域という話もありますが、いろんな人がブログに現地の写真などを載せていますね。 
 西丸オヤビン(敬愛を込めてそう呼ばれる)の話を引用してみます。
「何度か山で見た男の幽霊のなかで、本州の最奥、尾瀬ヶ原北方の山中、私が岩塔盆地と名付けた湿原地帯で出会った例を紹介しておこう。
 私のほかに五人ほどの仲間で、テントを設営して泊まり込んでいたある日の夕方、まだ明るい時刻に、山の奥の側から一人の男が近づいてきた。
こんな辺鄙なところに人がやってくるとはめずらしいなと思って見ていた。
前にそのあたりのことを山の雑誌に書いたこともあるので、それを見てやってきたのかな、と思った。
 だんだん近づいて、水たまりの水をはねながらやってくる。
彼は、私がはいていたのよりも立派な登山靴をはいていた。
私たちはテントを二はり張って、ちょうど夕飯の炊事の用意か何かをしていたときで、みんな手を休めてその男を見ていた。かれは、十数メートルほどの近くにまで来ていながら、われわれの話し声にも知らん顔、全然こちらを見むきもせずに
そのままスーとわれわれの横を通りすぎて行く。 私は前に穂高岳の下、横尾谷の岩小屋で、完全装備をした若い男の幽霊に同じような無視のされ方を受けているので、また出たなと思ってすぐに男のあとを追いかけた。
が、ちょうど原っぱの途中に張り出している林の角で一瞬のうちに姿を見失った。
 私も、すぐにその場所へ行って探したが、その向こうの原っぱにも姿は見えない。原っぱの中をあちこち駆けまわり、「オーイ」と呼んでみたけれども、何の反応もない。夕暮れどきだから、われわれの設営した場所をはずすと、
そのあたりには泊まり場がないはずなのだ。もっとも、ヤブの中であろうと何であろうと、よほど自信のある人なら、どこでも寝てしまえるかもしれないが」
 ここに到達するにはそんなに山登りはないけどかなり歩きます。
昼の印象は風光明媚そのものという感じですが、夜になると雰囲気が一変します。地下神殿?の入り口は、そうとう探し回りましたが、自分には見つけられませんでした。
*これは紹介していいかどうか迷ったのですが、種明かし編がありました。
場所は別のようですが。
私は幽霊にされてたようです

https://youtu.be/plidCt4lJ04

さて三つ目は、

前二つほど有名ではないんですが「田和山遺跡」(島根県松江市)
というところです。
『不思議ナックルズ』で紹介されたので少しずつメジャーになってきましたが、前二つのゾーンのように伝説化していくでしょうか。
 市立病院の移転にともない、新用地候補であった小高い丘から、弥生時代中期頃と思われる環濠遺跡が出土しました。環濠というのは基本的には堀ですが、木柵や防堤などをともなうこともある境界です。
環濠は丘の頂を囲むように三重に掘られていましたが、それに守られた頂には人の住む住居はなかったのです。
この当時の一般住居は竪穴式ですが、柱跡からの推測で、そこには神殿状の高床式の建物があったことがわかっています。
 この遺跡を巡って、保存派と病院建設強硬派とが対立し裁判にまで発展しました。

これはよくあることなんですが、他の例と異なるのは、当時の反対派の市長を含め、反対派の市議3人、そして開発が始まれば工事を請け負うであろう建築会社の会長、計5人がわずか2か月の間に相次いで急死したのです。
みな高齢ではありましたが、それぞれ現役で活躍されていた方々です。
 このことから地元では祟りの存在がささやかれるようになりました。裁判のほうは市側が遺跡保存に方針を転換したこともあり、保存が決定し国指定史跡となりました。この遺跡の特異な点は、上記したように他に例を見ない厳重な環濠が守っていたのは、出雲大社の原型を思わせるような神殿状建物であったことです。人の住む住居は環濠の外から見つかりました。
ここにはいったい何があったのでしょうか。

 環濠内からは三千個をこえる石つぶてや銅剣型石剣などが出土しましたが、
石の剣は実際の戦闘に使うには重く、またすぐ折れてしまうために祭祀用のものではないかと考えられています。これらから、ここは古代の儀式的な模擬戦闘の場であったとか、神殿に銅鐸を置いて守っていたとか、古代の貴人のための産屋であった(そこで出産をした)などの様々な説が出されていますが、確定はしていません。

 最後の産屋説は、有名な「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」というスサノオの命が詠んだとされる日本最初の短歌からきています。
「盛んな雲が立つ、湧き出る雲が八重垣を作る。我が妻を籠もらせるために八重垣を作る」というような意味で、妻を籠もらせるとは出産を意味すると解したのです。
 また、地元では「垣をめぐらした山には入ってはいけない。たちまちに死が訪れる」というような伝承があるとナックルズには書かれていました。

https://youtu.be/O00RHdjx4VE

ロシア側からの情報・・・・ジャーマンウィングズ旅客機の墜落の真相

投稿日: 2015年4月1日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

外国インテリジェンスサービス(が発表し、新しいレポートSVRバラク·オバマ大統領は、火曜日にNATO軍「戦争ゲーム」はジャーマンダウンしたことを学習する際にとても激怒になった)今日の状態   フライト9525を  乗ってすべての150を殺し、南フランスの上に、彼は衝撃的 に拒否した会う  この西洋同盟トップ司令官、事務局長  イェンス·ストルテンベルグを  そうする再三の要求にもかかわらず。

ロシア側からの情報・・・・ジャーマンウィングズ旅客機の墜落の真相

驚きましたね。。。ジャーマンウィングズ旅客機の墜落の真相について、ロシアからの情報ではこれまでネット上で伝えられていた情報とは全く違った内容を伝えています。
ロシア対外情報庁の報告によると、NATO軍の戦争ゲーム(軍事演習)の一環として米空軍がヨーロッパで非常に危険なレーザーのテスト照射を行っていたそうですが、レーザーが誤って旅客機に命中してしまったそうです。
なぜ、レーザー照射に失敗したのでしょうか。それはやはり。。。CERNの機器が起動したから?
ひょっとしたら、全てが絡んでいるのかもしれません。誤って旅客機を照射したのではなく、意図的に特定の旅客機を狙って照射したのかもしれません。何しろスペインの諜報部員が重大な捜査のためにこの旅客機に乗っていたそうですから。。。
それにしても恐ろしい話です。NATO軍や米軍の戦争ゲームにより多くの人々が犠牲になってしまったのですから。
もし、これが真実なら、いつまでマスコミは副操縦士を犯人扱いするのでしょうか。副操縦士のストーリーをうまく練ったものです。凄い推理小説が出来上がりました。テレビがインタビューした恋人や近所の人まで、口裏合わせをしているようです。ただし彼らもまたクライシス・アクター(演技者)なのかもしれませんが。。。
http://beforeitsnews.com/alternative/2015/03/obama-rages-over-germanwings-plane-shootdown-refuses-to-meet-nato-leader-2-3130098.html
(概要)
3月29日付け:

SVRロシア対外情報庁によると、オバマ大統領は、先週火曜日にNATO軍が戦争ゲームでジャーマンウィングズの旅客機を撃墜し150人の乗員乗客を殺害したことを知り非常に激怒しています。そしてNATOの最高司令官(ストルテンベルグ事務総長)と面会することを拒否しました。

NATOの戦争ゲームでジャーマンウィングズの旅客機が撃墜されたと国防総省が報告しました。つまり米軍のレーザーのテスト照射が失敗したということです。
彼らは米空軍が、イタリアのアビアノ空軍基地で核攻撃をシミュレーションするために、HELLADS(高エネルギー液体レーザー領域防衛システム=DARPAが開発資金を提供)を用いて大陸間弾道ミサイルのリエントリー車両にテスト照射を行ったところ、誤ってジャーマンウィングズの旅客機を照射してしまったのです。
さらに、SVRの報告では、オバマ大統領は今月初めからこの種類の戦争ゲームが非常に危険であることを認識していました。なぜなら、2週間前に米空軍が同様のテスト照射を行ったところ、危うく、フランス上空を飛んでいたルフトハンザ旅客機(LH1172便)を撃墜しそうになったからです。
その時も旅客機は急降下し、パイロットやコントローラーは何とか旅客機を再びコントロールすることに成功しました。
SVRは、世界中の人々にジャーマンウィングズ旅客機の墜落の真相を知らせないために、欧米の諜報機関が大規模な隠蔽工作を行っていると伝えています。彼らは既に死亡した副操縦士に責任の全てをなすりつけたのです。

戦争ゲームは間違って?

ジャーマンフライト9525のNATOの戦争ゲームのシュートダウン(米国レーザーテストジャーマン旅客機が150罪のない一般市民を殺害破棄防衛省()modは(その高エネルギー液体レーザーエリア防衛システムの障害が発生した米空軍のテストによるものであった)は、以前に報告していたHELLADS時に連盟核攻撃をシミュレートICBMの再突入車両撃墜しようとして)  アヴィアーノ空軍基地  イタリアでは。

彼らのレポートのSVRは、オバマ大統領は、同様のテストはほぼ後にこの戦争ゲームレーザーテストは今月初めに民間人旅客機に提起危険性を知ったと述べている  ルフトハンザ航空LH1172の破壊が原因  かろうじて2週間前にフランスの上を、どの正確にジャーマン様そのパイロット/コントローラは制御を取り戻すことができたの前に火曜日のフライト9525は、急速に地面に向かって急落した。

しかし、このSVRレポートで注意することは最も興味深いのは、 “と呼ぶものへの技術的な矛盾である大規模なカバー操作、ジャーマン飛行9525に何が起こったかの真実を知ることから、市民を保つために欧米の諜報機関で採用されている」、とある代わりに、その副操縦士、上のすべてのせいに  アンドレアスLubitzを