【野口裕之の軍事情勢】 米中二股 韓国が断ち切れぬ「民族の悪い遺産」

投稿日: 2016年1月1日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

 韓国外交を眺めていると、中島みゆきさんの名曲《時代》が、どうしても頭に浮かぶ。

 ♪めぐるめぐるよ時代はめぐる 別れと出会いをくり返し

 時代を《事大》に置き換えると、韓国外交哀史が鮮やかに浮かび上がる。《事大主義》とは《小》が《大》に《事(つか)える》こと。強国に弱国が付き従う外交形態を指す。

「事大主義」が貫く外交

李氏朝鮮(1392~1910年)も末期、清→日本→清→日本→ロシア→日本→ロシア…と、内外情勢変化の度に事大先をコロコロと変えていった。そのDNAを色濃く継承する韓国は、李氏朝鮮の再来を思わせる見事な「事大ブリ」を披露する。最大の貿易相手国・中国が主導する金融秩序には自ら身をささげ、朴槿恵(パク・クネ)・大統領(63)は北京で催される《抗日戦争勝利70年記念》軍事パレードを参観する。いずれも米政府の反対をすり抜けたばかりか、中国の「目」を気にして、米政府の高高度防衛ミサイル配備提案も中ぶらりんにしたまま。

ところが、だ。北朝鮮軍の砲撃を受け、米軍には後詰めではなく、共同対処をお願いする始末。まさに《事大》は《めぐる》が、朝鮮が事大先を替える度、わが国は存亡の危機に瀕してきた。日本が独立を促すと、清にすり寄り日清戦争(1894~95年)の火ダネを造った。日本が勝ち、朝鮮を独立させるやロシアにすがり、日露戦争(1904~05年)誘因の一つを造った。朝鮮→韓国が《別れと出会いをくり返》すと、日本は大厄災に遭う。

北朝鮮軍の地雷で韓国軍下士官2名が重傷を負い、韓国軍は拡声器を使った北非難を再開した。これに対し、北朝鮮軍は砲撃してきたが、韓国軍は「7倍返し」で応射。朴氏も、北の挑発には現場指揮官の即断で報復攻撃を実施するROE(交戦規定)を許可した。強気の背景には北の局地的軍事挑発に単独で対抗してきた韓国軍に、在韓米軍が初めて共同対処する方針が決断されたためでもある。

過度な米軍依存の正否は、わが国も検証の必要がある。ただ、日本外交のブレ幅は韓国に比べマシ。外交路線決定は独立国家の権利とはいえ、韓国には米国の頭ごなしに中国と誼を通じることがはばかられる合理・道義的理由が存在する。朝鮮戦争(50~53年休戦)で中国軍はソウルの南まで侵攻。主力の米軍は友軍・韓国軍の弱さも手伝い14万以上の死傷者を出した。韓国にとり中国は侵略者だが、韓国は“国家”ぐるみの倒錯に痛痒を感じない。というか、倒錯への自覚・感覚がない。

閔妃をめぐる朝鮮倒錯史

李氏朝鮮には、朴大統領のような女性の権力者がいた。第26代王・高宗(1852~1919年)の妃・閔妃(ミンピ、1851~95年)である。以下、かなり“年季”が入っている「朝鮮半島倒錯史」の、ほんの一部をたどってみる。

【第一幕】閔妃は実権を義父・興宣大院君(1820~98年)から奪うや、大院君の攘夷政策を一転、開国路線に舵を切り、欧露に先駆けて真っ先に日本と外交条約を締結。日本は朝鮮を、清の冊封より独立した国家主権を持つ独立国である旨を明記、軍の近代化に協力した。

【第二幕】結果、新旧2種の軍が並列。そこに旧式軍隊の待遇・給与未払い問題が絡み、旧式軍隊と大院君派が呼応して1882年、大規模な反乱《壬午事変》を起こす。閔派は無論、近代化を果たした日本に学び、朝鮮を清から完全独立させ、立憲君主国を目指す開化派、さらに日本人を殺害・駆逐。大院君は復権する。

【第三幕】王宮を脱出した閔妃は、朝鮮駐屯の清軍を頼る。清は反乱鎮圧などを口実に漢城(ソウル)に増派し、反乱を指揮したとして大院君を清に幽閉する。閔妃は、清に依存を深めていく。

(-_-) 日本も日本公使館警備に向け条約を結び、朝鮮に派兵し、日清戦争の火ダネとなる。

【第四幕】開化派は閔妃の清服属に反発し84年、クーデター《甲申政変》を決行する。清や妻=閔一族に実権を握られていた王・高宗もクーデターを快諾した。が、閔派の通報を受けた清が1500名を派兵。高宗の求めで、王宮警護に就いていた日本公使館警備部隊150名との間で戦闘となる。結局、3日で制圧される。

日清間で85年、双方の撤兵と、やむを得ず出兵するに当たっての事前通告義務をうたった《天津条約》を締結する。条約により日本は、朝鮮の独立を担保しようと考えたのだ。

(-_-) 日清開戦は一旦は回避されたものの、第五幕以降も止まぬ混乱の連鎖で、両国の緊張は高まるばかり。

皮肉な北の「主体思想」

【第五幕】清の威を借る閔派の事大政策の陰で、高宗はロシア南下を警戒する英国などを牽制すべく、ロシアに積極的に秋波を送る。同時に、欧米に盛んに公使を派遣してもいる。清は警戒を強め、日本の要請もあり、大院君を朝鮮に帰す。

【第六幕】役人の汚職や増税に怒る農民が新宗教と結び付いて94年《甲午農民戦争》を起こす(大院君の陰謀説アリ)。一揆は朝鮮軍を撃破し続け、閔派はまたも清に援軍を求める。

(-_-) もはや一刻の猶予もならなかった。かくして、日清戦争の戦端が開かれる。

【第七幕】戦争直前には、日本の支援で閔派排除のクーデターを起こし開化派+大院君派は政権を樹立。だのに戦時中、大院君は開化派の暗殺をくり返し、前述の新宗教・農民勢力と清軍に工作し、日本軍を挟撃せんとした。

【第八幕】日本の日清戦争勝利で朝鮮は清の冊封体制からようやくはい出る。大院君派が再び力を付け、逆に清という後ろ盾を失った閔派は衰退する。

【第九幕】閔派は95年、ロシア軍の支援で権力を奪還するも3カ月後、閔妃は暗殺される。

もう、何が何だか分からない。朴氏の父、朴正煕(パク・チョンヒ)・元大統領(1917~79年)は暗殺される前《民族の悪い遺産》の筆頭に事大主義を挙げ、改革を模索した。皮肉にも、北朝鮮は《悪い遺産》を嫌悪し自主・自立を意味する《主体思想》を看板に、米国と対立するのみならず、中国にも反発し始めた。

ところで、韓国軍は抗日軍事パレード参加を見送るようだ。豊臣秀吉(1537~98年)の朝鮮出兵時、明(中国)軍の一翼として行軍した李氏朝鮮軍と同様の“事大絵巻”が観られないのは、少し残念な気もする。(政治部専門委員 野口裕之/(SANKEI EXPRESS)

朝鮮誌「中央日報」の記事から

産経新聞社説の妄言、朴大統領を「暗殺された閔妃」と比喩

極右指向の日本の産経新聞が、来月3日の朴槿恵(パク・クネ)大統領の中国70周年戦勝節閲兵式(軍事パレード)への出席を「事大主義」と批判した。

産経は31日、電子版プレミアムニュースで韓国を「『事大主義』が貫く外交」とし「李氏朝鮮も末期、清→日本→清→日本→ロシア→日本→ロシア…と、内外情勢変化の度に事大先をコロコロと変えていった」と主張した。あわせて「そのDNAを色濃く継承する韓国は、李氏朝鮮の再来を思わせる見事な『事大ブリ』を披露する」と妄言を展開した。

同紙はこの日、「米中二股 韓国が断ち切れぬ『民族の悪い遺産』」というタイトルの政治部専門委員の電子版コラムで「李氏朝鮮には、朴大統領のような女性の権力者がいた。第26代王・高宗の妃・閔妃である」とし「朝鮮半島倒錯史」という記事内容を載せた。同紙は「閔派は95年、ロシア軍の支援で権力を奪還するも3カ月後、閔妃は暗殺される」と伝えたが、日本政府が明成(ミョンソン)皇后(=閔妃)殺害を主導したという事実には一切言及しなかった。

産経は日本が帝国主義拡張のために行った清日戦争と露日戦争の責任も明成皇后の外交のせいだと主張した。壬午軍乱と甲申政変をめぐって清と日本の間で行われた交渉を通じて結ばれた天津条約についても「日本は、朝鮮の独立を担保しようと考えた」とわい曲した。

同紙は、韓国戦争(朝鮮戦争)当時に中国軍がソウルの南まで侵攻したことに言及し、「韓国にとり中国は侵略者だが、韓国は“国家”ぐるみの倒錯に痛痒を感じない」とし、「というか、倒錯への自覚・感覚がない」と主張した。あわせて「最大の貿易相手国・中国が主導する金融秩序には自ら身をささげ、朴槿恵・大統領(63)は北京で催される《抗日戦争勝利70年記念》軍事パレードを参観する」と非難した。

朴大統領の父である故朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領に対しては「《民族の悪い遺産》の筆頭に事大主義を挙げ、改革を模索した」と伝えた。続いて、北朝鮮に対しては「《悪い遺産》を嫌悪し自主・自立を意味する《主体思想》を看板に、米国と対立するのみならず、中国にも反発し始めた」と主張した。

同紙は、前日の社説では潘基文(パン・ギムン)国連事務総長の中国戦勝節閲兵式の出席を批判して「国連トップがこうした行動を続けるようでは、国連への信頼が損なわれることになる」とごり押し主張を展開した。

韓国政府、産経コラムに不快感 大使館通じ削除要求へ

韓国外交省は1日、産経新聞社が8月31日付で電子版に掲載したコラム記事の内容に強い不快感を示した。同省は1日、在日韓国大使館を通じ、同社に記事の削除と再発防止を求めた。同省によれば、同社は内部で申し入れの内容を報告すると回答したという。

記事は政治部専門委員の連載コラムで、今回の記事は「米中二股 韓国が断ち切れぬ『民族の悪い遺産』」と題し、朴槿恵(パククネ)大統領を、1895年に日本軍人らに殺された朝鮮の閔妃(ミンビ、明成〈ミョンソン〉皇后)にたとえ、韓国外交を「事大主義」として批判した。

韓国外交省の魯光鎰報道官は1日、この記事について質問を受け、産経新聞を名指しで批判することは避けたものの、「過去の歴史について厚顔無恥な主張をする日本の特定の人物と、それに関連するメディアの根拠のない記事」と指摘した。

韓国では、明成皇后でなく閔妃という呼称を使うこと自体にも不快感を覚える人が多い。この記事を巡っては、韓国の与野党やメディアも、「日本の極右派による妄言」(野党の新政治民主連合)などと主張し、強く反発している。(ソウル=牧野愛博)

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