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河野談話の問題点は、いろいろ指摘されているが、実際の河野談話はあまり知らない。産経に掲載されていたので2013/10/16

投稿日: 2013年10月17日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

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慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。(1993年8月4日)】

 この談話の主な問題点は次の三点に要約できると思う。

①用語の不適切

「従軍看護婦」と違って、旧日本軍隊に「従軍慰安婦」という用語も実態もなかった。頭に「いわゆる」という断りがあるとは言え、「従軍慰安婦」という用語を二箇所で使い、そのような組織を持っているかのような印象を世界に与えている。

 そもそも「従軍慰安婦」という用語を使って記事を捏造したのは朝日新聞である。1992年1月に朝日新聞が「日本軍が慰安所の設置や、従軍慰安婦の募集を監督、統制していた」と報じたことが誤解を生む発端であった。

②証拠もない官憲等の強制性の認知

 「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」と、証拠もない(下記「注」参照)のに、官憲等が直接強制募集に加担していたと認めている。

注;談話発表後に記者から、強制連行の客観的資料は見付かったのかと質問されたが、河野氏は具体的な資料は示せなかった。

 なお、第1次安倍内閣は2007年3月、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」とする政府答弁書を閣議決定している。

③政府の判断間違い

 当時、韓国政府は日本政府が強制連行を認め易くするために、日本には金銭的補償は求めない、補償の必要があれば、韓国政府の責任において行うと明言した。強制連行を認めれば、この問題は解決すると思った日本政府が馬鹿だったのである。結果として全世界から誤解されてしまった。外交のイロハを認識していない政府と世論(マスコミによって作られる)によって、国益が失われている例はこの問題に限らないが…。

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超拡散《故中川昭一先生の酩酊記者会見の闇を知る原聡子が「バンキシャ」に出演》

投稿日: 2013年5月10日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

転載元;http://blogs.yahoo.co.jp/nipponko2007/39052150.html

水間氏のブログからです。

本当に恐ろしい!

狂おしいほどまで

腸が煮えくり返る!

—転載ここから—

2012年05月20日 19:50

●超拡散《故中川昭一先生の酩酊記者会見の闇を

知る原聡子が「バンキシャ」に出演》

■日本人の忘れやすい性格を逆手にとって、

あのイタリアでの「仕組まれた酩酊記者会見」の

裏側を見ていた日テレの原聡子記者が、

ほとぼりが過ぎたと判断してか。

「バンキシャ」でニュース原稿を読んでいました

当時、イタリアでの重要会議を終了して、故中川昭一先生が軽い昼食を済まして記者会見に臨んだのだが、その食事に同席したのは、男性は中川氏と玉木林太郎財務省国際局長他1名、女性は、日テレ・原聡子記者、読売新聞・越前屋知子記者他1名だった。

その時飲んだ赤ワインは、6名で一本だけだったにも拘わらず、中川氏はあの状態に陥ったのです。中川氏本人もあの一瞬自分がどうなっていたのか「帰国してテレビを観てはじめてわかった」と、中川義雄先生に語っていたのです。

誰れが一服もったのか。

当時のマスメディアは、異常を通り越し、すべてが謀略機関に成り下がっていたことを忘れてはいけない。

あの謀略報道がなければ、中川氏が死に至ることにならなかったのであり、一服もった犯人は、間接的に中川氏を殺した犯人になるからです。

あの記者会見後、バチカン美術館で非常ベルを鳴らしたとか、彫像に触れたとの報道もすべて嘘だったのです。

それは、故中川昭一先生の叔父さんで参議院議員だった中川義雄先生から聞いたことだが「郁子さんにバチカン美術館を最初から最後まで案内したバチカンの神父さんから手紙がきていて、日本で報道されているようなことは一切なかった。ずっと間近にいて一切お酒の匂いはしなかった」と、綴られていたとのことでした。

皆様方は、我が国のゴミマスコミと神に仕える神父さんのどちらを信じますか。

一国の財務大臣を失脚させたスキャンダルの現場にいたジャーナリストの原聡子記者と越前屋知子記者は、国民に対する説明責任があるのだ。

ところが、越前屋知子記者は、帰国後姿を消したと思いきや、米国へ転勤になり未だに隠れている状態です。そして、原聡子記者は週刊誌などからの取材を逃げ回り、未だに一切取材に応じていない。

よほど都合の悪いことを知っているから逃げ回っているのであろが、ことは、我が国の将来の首相を嘱望されていた政治家を、死に至らしめるきっかけのスキャンダルの現場にいた当事者として、きちっと国民に説明責任を果たさないかぎり、ノコノコ素知らぬ顔でテレビに出ることは許されないだよ原聡子記者。

覚醒されていらっしゃるインターネットユーザーの皆様、原聡子記者と越前屋知子記者はジャーナリストですので、説明責任を果たすまで絶対許してはいけません。これからも逃げ回るのであれば、地獄まで追いかけるしつこさが日本人には必要なのです。

※「『南京の実相』を国内外のメディア 図書館等に寄贈する会」代表 ジャーナリスト水間政憲;ネットだけ転載フリー《http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-591.html?cr=ba5237382c263b508786a3b46575c7c8》(条件;上記全文掲載)

—転載ここまで—

原聡子

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越前谷知子

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じゃんじゃん転載!

大拡散してください。



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