原発事故

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原発を語るとき

投稿日: 2011年10月17日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

原発を語るとき

 

廃止論であろうと

再開論であろうと

原発を語るときは

心を福島に置いて語る習慣を

身につけよう

 

福島でつくられた原発電力は

東京で消費されたから

つまるところ

福島の子たちは

東京の子の身代わりになった

福島の親たちは

東京の親たちの身代わりになった

 

5年後の甲状腺がん

10年後の白血病が

春夏秋冬気にかかる

福島の子達と福島の親たちを棚に上げて

原発を語ることの

恥ずかしさよ

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福島の地下で爆発があった、再臨界だと、海外の一部ニュースが騒いでいます

投稿日: 2011年10月2日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

緊急拡散お願いします。

昨晩の19;09分に、 福島の地下で爆発があった、再臨界だと、海外の一部ニュースが騒いでいます。

この手のニュースは、放射能マフィア関連である大手マスメデイアは、書かないだろうが、若しかして、少しの善意の気持ちがあれば、書いてくれるかもしれないと思い、今まで、待っていたけど、書いてくれる気持ちがないようなので、私が書かせて貰うことにしました。

震源地は、ちょうど、福島の原発の下あたり、マグニチュード5, 6.
lこのあたり、地震は多いところなのですが、昨晩の地震は、超異常。
再臨界?や爆発?と報道されている記事を読むと、どうやら、作業員たちが、地鳴りのような 音と爆発音のような音を聞いたとのこと。
フラッシュのような光が、ビデオカメラに映っている。

福島の震度は僅か震度1しかありません。
不可解な数字です。
ニュースでは、 メルトダウンした燃料と地下水が接触して地下で爆発(再臨界)したのではないかといわれていますが、果たして事実でしょうか?

事実かどうかは、私にもわかりません。
しかし、3月11日のメルトダウン時に、政府や東電が公表しなかったという事実があります。
それを、考えれば、海外で、このタイプのニュースが出ている以上、私達は、注意深く行動するに越したことは有りません。

明日は、なるべくであれば、外出は、避けたほうが良いでしょう。

福島だけではなく、私たちは、危険地域が関東や長野・新潟まで軽く飛散するという事実を知っています。

だから、今度こそは、3月11日と同じ、間違いはしないようにしていただきたいと思います。

このニュースが、間違いであってくれれば良いのですが、、、、、。

もし、本当であれば、プルトニウムが、大量に飛散される可能性があります。

少なくとも、子供達は、可能であれば、2,3日外出は控えたほうが良いと思います。

一応、ご報告まで。

放射線量

全国のリアルタイム放射線量マップ(速報版)を覗いてみてください。
福島県双葉町山田が平常時の約348倍になっています。
しばらく外出には気をつけてください。

たった今みつけたものですが、海外のニュース元は何処なんでしょうね。
福島が再臨界の爆発があったと海外ニュース!(ブログ春の季節に)

そこで、本当に9月29日の夜に何か異変があったのか?と見てみると、やはりそれは存在した。

問題の29日の19時09分は以下のものに含まれている。

2011.09.29 19:00-20:00 / ふくいちライブカメラ(long ver)

この映像の右側にあるいくつか光っている部分に注目。その一番右は「ライトアップ」用のサーチライトである。それから2つ目に「すこし赤みがかった光」があるだろう。これが「異変」の部分の光である。したがって、この映像ではすでに光っているから、いつからここが光り始めたか?を見ればいい。

「全国のリアルタイム放射線量マップ(速報版)」は、環境防災Nネット(原子力安全技術センター)のデータを使い、誰でもわかりやすいように視覚化しています。

また、GoogleMapでは、一目でどの地域が、危険なのかも色別でわかります。

緑:平常値以内
赤:超過時
オレンジ:平常時の0.5倍以上

やはり、このサイトの良いところは、リアルタイム(1時間ごと)に全国の放射線量が把握できることでしょう。国もこのくらいわかりやすくデータを開示してもらいたいものですが……。

最優先でやってくれ!!!ここが収束しなきゃ復興は望めない

投稿日: 2011年9月9日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

 東日本大震災に加え、東京電力福島第1原発事故に見舞われた福島県。第1原発が立地する大熊町や双葉町は全町避難を余儀なくされた。事故からもうすぐ半年。古里を奪われた人々の望郷の思いは募る。

【ここから始まった】津波に襲われる福島第1原発の画像

 ◇全町避難の大熊・双葉--慣れぬ土地で半年

 背丈ほどの雑草に覆われた庭。倒れた家具。食器が散乱したキッチン--。「これが本当に俺の家なのか……」。今月1日の一時帰宅で半年ぶりに戻った我が家は、変わり果てていた。

 大熊町夫沢の佐藤x一さん(62)の自宅は、第1原発の南2.5キロにある。妻z子さん(62)と73年に結婚。富岡町から道子さんの故郷に移り住んだ。

 89年に運送と産業廃棄物処理の会社を設立し、自宅も建てた。長男洋道さん(37)ら3人の子も会社を手伝ってくれるようになり、徐々に仕事の規模が拡大した。97年には約3億円を投じ、自宅近くに産廃処理用焼却炉も造った。「家族みんな、いつも一緒でね。そりゃあ幸せでしたよ」

 穏やかな暮らしを、原発事故が一瞬にして奪った。一家は隣の田村市や新潟県新発田市など5カ所の避難所を転々とした後、X一さんとZ子さんらは喜多方市内のアパートに身を寄せた。長女とみえさん(28)は新潟市に移った。「賠償はいらないから震災前の生活に戻して」。離散した家族を案じ、道子さんは涙に暮れる。

 8月27日。福島県を訪れた菅直人前首相が、原発周辺には長期間戻れない可能性に言及した。「国のトップに言われると、ずしーんときたね」。X一さんの絶望感は深まった。

 会社経営者としての責任もある。従業員22人のうち、15人が避難先などで会社の再開を待つ。運送業だけでも始められないかと思案するが、喜多方市周辺には縁もゆかりもない。「すぐにはうまくいかねえべ」。洋一さんはため息をついた。

 洋Sさんは、喜多方市に妻と幼い3人の子を残し、仕事のため約120キロ離れた北茨城市で、単身で暮らす。「パパおんぶして」。毎週末に帰宅すると、子供が競うように飛びついてくる。

 もうすぐ2歳の長男洋D君は、半年続く避難生活の間に「パパ」と言えるようになった。子供の成長が支えだが、妻Y香里さん(38)は「何も解決しないまま半年たっちゃった」と、好転しない事態に焦りも感じる。

 洋Sさんも父の家に隣接する自宅に今月1日、一時帰宅した。家をカメラで撮影し、家族に見せた。お気に入りのぬいぐるみや旅行先で描いてもらった家族の似顔絵。次女(7)は食い入るように写真を見つめ、「戻りたい」と涙を流した。長女(9)は気持ちを押し殺すように黙り込んだ。「子供たちは負の遺産と何十年も向き合わないといけない」

 知人には「もう帰らない」と決めた人も出てきた。それでも洋Sさんは言う。「どこにいても心は故郷にある。何十年もたって、自分の腰が曲がりつえをついていたとしても、子供や孫のために地域に戻って復興したい」