日本には文字がなかった?

投稿日: 2016年2月5日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

日本には文字がなかった?
みなさん、普段当たり前のように使っている「日本語」について、どれだけ知っているでしょうか?
ひらがな・カタカナだけが「日本の文字」であると思っていませんか?
これらの常識を覆す存在がここ、近江の国・滋賀にはあるのです。
ひらがな・カタカナは日本特有のものだといっても、もとになるのはやはり漢字です。では漢字が伝来する以前は、日本には文字はなかったのでしょうか。文字の全くない文化が、外来語をすんなり吸収し独自のものに改変しながら取り入れることなど、果たして可能なのでしょうか。文字は人間の思考、とりわけその伝承に際して大きな役割を果たします。人間とサルとの根本的な違いは文字の有無にあるとの意見もあるほどです。 実は、漢字が伝来する前に、日本には固有の文字が存在していたのです。それがここ滋賀県と関係の深い「ホツマ文字」です。

ホツマ文字とは?
ではホツマ文字とはどのような文字なのでしょう。それは日本古来の大和言葉を表すための文字でした。この文字を使用して記された三大書として、「ホツマツタヱ」「ミカサノフミ」「フトマニ」があり、成立した年代は紀元前約7世紀、縄文時代~古墳時代にかけて記されたといわれています。
この三大書は「古事記」や「日本書紀」などの漢字文献と比較研究された結果、「ホツマツタヱ」がこれらの原本だということがわかってきました。「古事記」「日本書紀」が700年代(奈良時代)に完成していることを考えると、「ホツマツタヱ」がどれだけ古くから存在していたかがわかり、驚かされます。 ところで「ホツマ」とは、漢字で表すと「秀真」となり、「日本書紀」には「秀真国」という言葉が出てきます。狭義の意味では古代関東一円地域を示すのですが、より広義の意味では日本を賛美した言い方であり、「秀真国」とは「秀でていて整っている国」という意味になるのです。

『ホツマツタヱ』に書かれていることとは?
「ホツマツタヱ」には、膨大な量の「五・七調」の和歌・長歌が収録されています。それらは全てホツマ文字という独特の文字で表されており、しかも古代の大和言葉ですから、容易には読めません。しかし研究が進むにつれ、そこには自然観、宇宙観、政治観、祭祀、言霊思想などが描かれていることが判ってきました。後半部になると時事的・記録的な内容も加わり、当時を知るための貴重な資料となっています。
現代日本語は「あいうえお」などの50音で構成されていますが、ホツマ文字では48音です。欠けている2音は「やいゆえよ」の「い」「え」です。この48音を表す文字は、そのひとつひとつに意味が込められているようです。たとえば「ア」は父・天の意であり、「ワ」は母・地の意というように。そしてそのひとつひとつの文字を神様として奉っており、言葉を霊的な存在として大切にしてきたことは、言霊思想の源泉だといえます。ここに日本文化の本質的なものを見出せるのではないでしょうか。

なぜホツマ文字は廃れたのか?
このように大切にされてきた文字が、なぜ今漢字に取って代わられているのでしょうか。 一説によると、称徳天皇の時代(奈良時代)、皇位を狙った僧の道鏡が国家の古書を焼いたとされています。政治的実権を奪おうとするとき、体制を支えてきた伝統文化を壊すことは世界中で行われてきたことです。そのため道鏡は古典文献を改ざんし、仏教・漢字を取り入れたのではないかといわれています。しかしそれを危機に思った赤坂世々彦という者が、近江の国に隠棲しホツマ三書を秘蔵し代々伝えました。そのために、滋賀県はホツマ文字を守ってきた地であり、日本の文化が脈々と続いてきた地であるわけです。

ホツマ文字と滋賀県の関係
「ホツマツタヱ」には「アワの国」という章があります。その中の一説にこんな歌があります。
二神(ふたかみ)の おき局(つぼ)に居て 国生めど 民(たみ)の言葉の
悉(ふつ)曇(くも)り これ直さんと 考えて 五音(いね)七道(ななみち)の
アワ歌を 上(かみ)二十四(ふそよ)声 いざなぎと 下(しも)二十四(ふそよ)声
いざなみと 歌い連ねて 教ゆれば 歌に音声(ねこえ)の 道開け 民の言葉の
整えば 中国(なかくに)の名も
淡(あわ)国(くに)や この歌の意味は、いざなぎといざなみが政事をしようとしたときに、人心の乱れが言葉の乱れを招いていると考え、これを正そうとして「アワの歌」を作ったということです。これにより国が治まり、それにちなんで国の名前も淡(あわ)の国とし、彼らの功績を讃えたのでした。これ転じて「近江」となったともいわれています。そして実際、この地にホツマ三書は保存されていました。

今なぜホツマ文字なのか
永らく一般には認知されることのなかった「ホツマツタヱ」ですが、近年それに関する関心が高まりつつあります。さまざまな場面で日本らしさの再評価が進む現在、「ホツマツタヱ」に見られる古代日本の豊穣な世界観は、過度な効率主義に息苦しさを覚える日本人を癒す一つのきっかけになるのかもしれません。

 

【石原慎太郎の日本よ ふたたび】

投稿日: 2016年1月18日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

【石原慎太郎の日本よ ふたたび】
航空機産業は国家の命運を握る…MRJは米国に気兼ねせずもっと大型にすべきだった

昨年の暮れ近く久し振りの国家的快挙として日本製のジェット旅客機MRJが誕生した。慶賀に堪えないが私自身にはいささかの不満がある。世界全体の需要からすれば本来ならばかつて活躍したYS11よりもう一回り大きな中小型の旅客機を作るべきだった筈だ。

http://www.sankei.com/economy/news/160118/ecn1601180007-n1.html

私は知事在任中アジアの大都市のネットワークを造り毎年一度の国際会議を催していた。アジアの大都市間で協議統合すべき問題は多々あるが、実は本当の密かな狙いは航空機を製作出来る能力を保有している国同士の連帯で一番需要の高い中小型の純アジア製の旅客機をなんとしてでも作り世界に飛ばしたいという念願だった。

飛行機を作る可能性を保有する国は日本の他にすでにジェット戦闘機を製作している会社ハルを所有するインドや私と同じ試みで施策を試みていたバンドンに本社を持つインドネシアの会社に加えて航空機に不可欠な部品を製作可能な台湾まであった。そのサイズの飛行機なら日本からアメリカやヨーロッパまで飛ぶ必要はなく、せいぜい東南アジア圏内を飛び回れればいいのだ。インドのような亜大陸でも未だ国内の行き来にジャンボのような大型機での往来のニーズには至っていないから中小型機の方が需要が高いし、発展の可能性を秘めているアセアン諸国間の行き来にも適しているはずだ。ということで大都市ネットワークの本会議とは別にそれぞれの国の航空関係者の別個の会議を頻繁に持つことにしたが集まった専門家たちの全てが私の提案に大賛成だった。インドネシアの会社のごときは同じ発想で新型旅客機の製作に手をつけていたがアメリカの強い横槍で計画は潰され訪れたバンドンの本社の前庭には完成されるはずだった新型機の外形だけのドンガラが飾られていたものだ。

という経緯もあって日本の官僚たちはアメリカに気兼ねして新しいアジア製旅客機のサイズを縮小させてしまった。今回の経緯を目にして、私が思い出したのはかつて日本製のYS11が思惑が外れて生産継続が挫折したいわれは、YSの性能の良さとその売れ行きを懸念したアメリカが東南アジアで手を尽くして日本製飛行機の販路を潰したというまぎれもない事実だった。そのつぶさな実態を私は当時、商社丸紅のインドネシア支店長をしていて、後には社長になった同窓の親友鳥海からつぶさに聞かされていた。その作業に暗躍していたのは他ならぬロッキードスキャンダルで表にたったコーチャンとクラッターなどという手合いだったそうな。

自動車での競争で日本に敗北したアメリカは太平洋戦争の緒戦での日本製のゼロ戦が、ドイツが自慢のメッサーシュミットが撃ち落とせなかったB17を簡単に撃墜させたトラウマを抱えていたせいで日本の航空機産業の台頭を絶対に許せずに、中曽根内閣時代に三菱重工が従来のいかなる戦闘機の性能をも上回る次期支援戦闘機FSXの計画を発表した時、強引にこれを潰してしまった。この戦闘機の性能は旋回と宙返りの直径が従来の半分でいかなる相手との空中戦で優位にたてるという絶対的なものだった。

ちなみにアメリカの高性能の軍用機のコックピットはほとんど日本製の部品でなりたっている。他の大型旅客機の半ばも日本で作られてもいるが、アメリカ側の製造部分が粗雑で繋がらなかったという事実もあるほどだ。故にも航空機産業はこの国の命運を左右しかねぬ可能性を秘めている。先般の火星にまで飛んでいき惑星の一部を採取して見事帰還した宇宙船ハヤブサの快挙も含めてわが国の先端技術の開発こそが国家

日本籍朝鮮人

投稿日: 2016年1月12日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

引用ここから
ここで、重大な落とし穴を掘ったのです。韓国人が日本に帰化する場合、韓国の離脱証明書が必要です。「韓国籍を抜くのに合意します」という韓国政府の離脱証明書が必要です。ところが、日本国政府はそれを必要としないものだから、司法書士がバンバン帰化させてしまったのです。「貴方は帰化したいのですか? では本国の書類を提出してください」というのが、普通ですが、日本に帰化する場合それがどういうわけだか、それはいらないのです。
それに対して今、問題を起きてきているのです。「韓国籍を離脱していない者は、韓国人だ」と韓国政府は言っているのです。従って、日本国に帰化したと言ってもそれは無効ですから朝鮮人のままです。すると籍が二つになってしまうのです。
日本国の国民になるのには「犯罪歴がない」と書くだけで日本国民になってしまうのです。韓国はそこに目をつけたのです。日本にいるすべての在日は韓国人です。従って、50年分の税金とすべての財産を没収するのです。これが、4月からさらに厳しくなるのです。
もうすでに兵隊になっている在日朝鮮人が、1千人くらいいるそうです。「早く兵役に行って、日本に帰ってこよう」と思ってもダメなのです。日本国には「外国で軍隊の経験者は日本国籍が取得できません」という法律があるのです。ただし、アメリカをのぞきます。アメリカと日本は友好関係だから、アメリカ人はアメリカの軍歴があっても日本に帰化できます。中国人と韓国人は兵役に着いたら、日本籍には入れません。このようになっているのです。
韓国政府は「日本にいる在日とはどのようなものか。本国が苦しいときに、船に乗って本国から逃げた連中ですから、今いる朝鮮人は密航者の子孫だ」という位置づけです。本当のことを言うと、在日朝鮮人は自分の籍もわからないのです。誰が密航したのか、韓国政府も把握していないのです。いきなり韓国からいなくなってしまったのです。自分の籍をもってくる密航者などいません。本国には籍が残っています。その人間は死んだのか、生きているのか、韓国国内で疾走しているのかも韓国政府はわかりません。
中略
帰化朝鮮人の最大の敵は本国の朝鮮人です。みんなひっかかってしまいます。和田アキ子も朝鮮人です。矢沢永吉もツアーを辞めてしまい、銀座で飲んでいます。韓国政府に財産をもっていかれるので、やっても仕方ないのです。馬鹿臭くてもうやりません。「韓国人だ」などばらされたら、もう人気がなくなってしまいます。岩城滉一も朝鮮人です。サザンの桑田佳祐も朝鮮人だというウワサがあります。
このような形で日本籍を取得した朝鮮人は、実は日本人ではないのです。日本籍朝鮮人というべきです。マインドが朝鮮人ですから、日本に籍を置いても中身は変わっていないのです。マインドは朝鮮人です。
引用ここまで
南朝鮮の経済状態が良くないからね。きちんと国籍離脱していない帰化人の国籍が南朝鮮籍だと特定されて、財産没収が始まるのが4月以降か。なんだか、聞いているだけで胸が熱くなる。
創価学会系統も帰化したあるいは在日朝鮮人だらけだろうから、創価学会系統の朝鮮芸能人達も姿を見せなくなるかな。さらば、すべての帰化した朝鮮人達。
http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi/entry-12116234811.html

「韓ドラなんか見るな!」 中国サイトが次々に「100年前の朝鮮の真実」を紹介

投稿日: 2016年1月9日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

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「韓ドラなんか見るな!」 中国サイトが次々に「100年前の朝鮮の真実」を紹介

サーチナ1月7日(木)22時15分

画像: 中国では12月下旬から、新浪網、網易など代表的ポータルサイトや歴史情報サイトなどが「韓ドラなんか見るな! これこそ100年前の真実の朝鮮だ」と題して、19世紀末ごろに朝鮮で撮影された複数の写真を紹介する記事を掲載しはじめた。現在でもサイトのトップの目立つ位置から閲覧できるようにしている場合が多い。

 中国では12月下旬から、新浪網、網易など代表的ポータルサイトや歴史情報サイトなどが「韓ドラなんか見るな! これこそ100年前の真実の朝鮮だ」と題して、19世紀末ごろに朝鮮で撮影された複数の写真を紹介する記事を掲載しはじめた。現在でもサイトのトップの目立つ位置から閲覧できるようにしている場合が多い。

 中国では12月下旬から、新浪網、網易など代表的ポータルサイトや歴史情報サイトなどが「韓ドラなんか見るな! これこそ100年前の真実の朝鮮だ」と題して、19世紀末ごろに朝鮮で撮影された複数の写真を紹介する記事を掲載しはじめた。現在でもサイトのトップの目立つ位置から閲覧できるようにしている場合が多い。

中国でも、いわゆる韓流ドラマの人気は高い。しかし、過去の歴史を描いたドラマで、内容が「荒唐無稽」と中国人が怒りを爆発させることもある。代表例としては「朝鮮は15世紀にミサイル開発に成功した。明は10万の大軍で朝鮮を襲った際、朝鮮側の勢力は1000人しかなかったが『秘密兵器』のミサイルを使って明軍を殲滅させた」とのストーリーの「神機箭」だ。

中国サイトの写真記事の本文に掲載意図の説明はないが、見出しからは「韓ドラ歴史劇に描かれる華やかな過去の朝鮮は虚構」との主張が読み取れる。

冒頭の1枚はソウル市郊外にあった「迎恩門」の写真だ。明朝皇帝の使臣を迎えるための門で、設立されたのは1536年。当初の名は「迎詔門」だったが、明朝側の抗議により「迎恩門」、つまり「皇帝の恩を迎える門」に改称された。明朝皇帝の使臣は皇帝の代理であるから、朝鮮国王は「叩頭の礼(平伏して頭を地面に叩きつける)」をせねばならなかった。清朝時代も同様だった。

記事冒頭に同写真を掲載したことからは、「かつては中国の属国だった」との主張も読み取れる。なお、日清戦争の講和条約である下関条約の結果、朝鮮は中国からの独立を保証された。そのため「迎恩門」は取り壊され、「独立門」が作られた。

掲載されたその他の写真は、街並みや人々の様子を紹介するものが多い。目立つのは、ほとんどの人が白い衣装を着ていることで、当時の朝鮮では布地の染色があまり普及していなかったことを反映している。韓流ドラマの歴史劇では、人々の豪華絢爛な衣装も見どころのひとつだが、掲載側は「事実と異なる」と主張しているようだ。

ただ写真そのものは、当時の朝鮮の人々を記録しておくという意図がはっきりとしており、貧しそうな人々が多く写ってはいるが、悪意は感じられない。

歴史学者の宮脇淳子氏は、自分自身も韓流ドラマに夢中になったと認めた上で、専門家として「見過ごすことのできない点が多い」として韓流ドラマを批判。ドラマの内容そのもの以外の大きな問題点として、韓国では「時代劇」と「歴史ドラマ」の区別がないと指摘した。

例えば日本では、「暴れん坊将軍」や「水戸黄門」などは「時代劇」であり、「時代劇」とは「歴史上の事実と重複する部分もあるが、本質的には創作された娯楽作品」と理解されている。一方、NHKの「大河ドラマ」に代表される「歴史ドラマ」の場合には、「真実に準拠する」とみなされているので、視聴者から内容について「事実ではない」との抗議が殺到する場合もある。

宮脇氏は、韓国人の視聴者の歴史観が韓ドラ歴史劇で形成されてしまうことの危険性を主張した。(編集担当:如月隼人)

【野口裕之の軍事情勢】 米中二股 韓国が断ち切れぬ「民族の悪い遺産」

投稿日: 2016年1月1日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

 韓国外交を眺めていると、中島みゆきさんの名曲《時代》が、どうしても頭に浮かぶ。

 ♪めぐるめぐるよ時代はめぐる 別れと出会いをくり返し

 時代を《事大》に置き換えると、韓国外交哀史が鮮やかに浮かび上がる。《事大主義》とは《小》が《大》に《事(つか)える》こと。強国に弱国が付き従う外交形態を指す。

「事大主義」が貫く外交

李氏朝鮮(1392~1910年)も末期、清→日本→清→日本→ロシア→日本→ロシア…と、内外情勢変化の度に事大先をコロコロと変えていった。そのDNAを色濃く継承する韓国は、李氏朝鮮の再来を思わせる見事な「事大ブリ」を披露する。最大の貿易相手国・中国が主導する金融秩序には自ら身をささげ、朴槿恵(パク・クネ)・大統領(63)は北京で催される《抗日戦争勝利70年記念》軍事パレードを参観する。いずれも米政府の反対をすり抜けたばかりか、中国の「目」を気にして、米政府の高高度防衛ミサイル配備提案も中ぶらりんにしたまま。

ところが、だ。北朝鮮軍の砲撃を受け、米軍には後詰めではなく、共同対処をお願いする始末。まさに《事大》は《めぐる》が、朝鮮が事大先を替える度、わが国は存亡の危機に瀕してきた。日本が独立を促すと、清にすり寄り日清戦争(1894~95年)の火ダネを造った。日本が勝ち、朝鮮を独立させるやロシアにすがり、日露戦争(1904~05年)誘因の一つを造った。朝鮮→韓国が《別れと出会いをくり返》すと、日本は大厄災に遭う。

北朝鮮軍の地雷で韓国軍下士官2名が重傷を負い、韓国軍は拡声器を使った北非難を再開した。これに対し、北朝鮮軍は砲撃してきたが、韓国軍は「7倍返し」で応射。朴氏も、北の挑発には現場指揮官の即断で報復攻撃を実施するROE(交戦規定)を許可した。強気の背景には北の局地的軍事挑発に単独で対抗してきた韓国軍に、在韓米軍が初めて共同対処する方針が決断されたためでもある。

過度な米軍依存の正否は、わが国も検証の必要がある。ただ、日本外交のブレ幅は韓国に比べマシ。外交路線決定は独立国家の権利とはいえ、韓国には米国の頭ごなしに中国と誼を通じることがはばかられる合理・道義的理由が存在する。朝鮮戦争(50~53年休戦)で中国軍はソウルの南まで侵攻。主力の米軍は友軍・韓国軍の弱さも手伝い14万以上の死傷者を出した。韓国にとり中国は侵略者だが、韓国は“国家”ぐるみの倒錯に痛痒を感じない。というか、倒錯への自覚・感覚がない。

閔妃をめぐる朝鮮倒錯史

李氏朝鮮には、朴大統領のような女性の権力者がいた。第26代王・高宗(1852~1919年)の妃・閔妃(ミンピ、1851~95年)である。以下、かなり“年季”が入っている「朝鮮半島倒錯史」の、ほんの一部をたどってみる。

【第一幕】閔妃は実権を義父・興宣大院君(1820~98年)から奪うや、大院君の攘夷政策を一転、開国路線に舵を切り、欧露に先駆けて真っ先に日本と外交条約を締結。日本は朝鮮を、清の冊封より独立した国家主権を持つ独立国である旨を明記、軍の近代化に協力した。

【第二幕】結果、新旧2種の軍が並列。そこに旧式軍隊の待遇・給与未払い問題が絡み、旧式軍隊と大院君派が呼応して1882年、大規模な反乱《壬午事変》を起こす。閔派は無論、近代化を果たした日本に学び、朝鮮を清から完全独立させ、立憲君主国を目指す開化派、さらに日本人を殺害・駆逐。大院君は復権する。

【第三幕】王宮を脱出した閔妃は、朝鮮駐屯の清軍を頼る。清は反乱鎮圧などを口実に漢城(ソウル)に増派し、反乱を指揮したとして大院君を清に幽閉する。閔妃は、清に依存を深めていく。

(-_-) 日本も日本公使館警備に向け条約を結び、朝鮮に派兵し、日清戦争の火ダネとなる。

【第四幕】開化派は閔妃の清服属に反発し84年、クーデター《甲申政変》を決行する。清や妻=閔一族に実権を握られていた王・高宗もクーデターを快諾した。が、閔派の通報を受けた清が1500名を派兵。高宗の求めで、王宮警護に就いていた日本公使館警備部隊150名との間で戦闘となる。結局、3日で制圧される。

日清間で85年、双方の撤兵と、やむを得ず出兵するに当たっての事前通告義務をうたった《天津条約》を締結する。条約により日本は、朝鮮の独立を担保しようと考えたのだ。

(-_-) 日清開戦は一旦は回避されたものの、第五幕以降も止まぬ混乱の連鎖で、両国の緊張は高まるばかり。

皮肉な北の「主体思想」

【第五幕】清の威を借る閔派の事大政策の陰で、高宗はロシア南下を警戒する英国などを牽制すべく、ロシアに積極的に秋波を送る。同時に、欧米に盛んに公使を派遣してもいる。清は警戒を強め、日本の要請もあり、大院君を朝鮮に帰す。

【第六幕】役人の汚職や増税に怒る農民が新宗教と結び付いて94年《甲午農民戦争》を起こす(大院君の陰謀説アリ)。一揆は朝鮮軍を撃破し続け、閔派はまたも清に援軍を求める。

(-_-) もはや一刻の猶予もならなかった。かくして、日清戦争の戦端が開かれる。

【第七幕】戦争直前には、日本の支援で閔派排除のクーデターを起こし開化派+大院君派は政権を樹立。だのに戦時中、大院君は開化派の暗殺をくり返し、前述の新宗教・農民勢力と清軍に工作し、日本軍を挟撃せんとした。

【第八幕】日本の日清戦争勝利で朝鮮は清の冊封体制からようやくはい出る。大院君派が再び力を付け、逆に清という後ろ盾を失った閔派は衰退する。

【第九幕】閔派は95年、ロシア軍の支援で権力を奪還するも3カ月後、閔妃は暗殺される。

もう、何が何だか分からない。朴氏の父、朴正煕(パク・チョンヒ)・元大統領(1917~79年)は暗殺される前《民族の悪い遺産》の筆頭に事大主義を挙げ、改革を模索した。皮肉にも、北朝鮮は《悪い遺産》を嫌悪し自主・自立を意味する《主体思想》を看板に、米国と対立するのみならず、中国にも反発し始めた。

ところで、韓国軍は抗日軍事パレード参加を見送るようだ。豊臣秀吉(1537~98年)の朝鮮出兵時、明(中国)軍の一翼として行軍した李氏朝鮮軍と同様の“事大絵巻”が観られないのは、少し残念な気もする。(政治部専門委員 野口裕之/(SANKEI EXPRESS)

朝鮮誌「中央日報」の記事から

産経新聞社説の妄言、朴大統領を「暗殺された閔妃」と比喩

極右指向の日本の産経新聞が、来月3日の朴槿恵(パク・クネ)大統領の中国70周年戦勝節閲兵式(軍事パレード)への出席を「事大主義」と批判した。

産経は31日、電子版プレミアムニュースで韓国を「『事大主義』が貫く外交」とし「李氏朝鮮も末期、清→日本→清→日本→ロシア→日本→ロシア…と、内外情勢変化の度に事大先をコロコロと変えていった」と主張した。あわせて「そのDNAを色濃く継承する韓国は、李氏朝鮮の再来を思わせる見事な『事大ブリ』を披露する」と妄言を展開した。

同紙はこの日、「米中二股 韓国が断ち切れぬ『民族の悪い遺産』」というタイトルの政治部専門委員の電子版コラムで「李氏朝鮮には、朴大統領のような女性の権力者がいた。第26代王・高宗の妃・閔妃である」とし「朝鮮半島倒錯史」という記事内容を載せた。同紙は「閔派は95年、ロシア軍の支援で権力を奪還するも3カ月後、閔妃は暗殺される」と伝えたが、日本政府が明成(ミョンソン)皇后(=閔妃)殺害を主導したという事実には一切言及しなかった。

産経は日本が帝国主義拡張のために行った清日戦争と露日戦争の責任も明成皇后の外交のせいだと主張した。壬午軍乱と甲申政変をめぐって清と日本の間で行われた交渉を通じて結ばれた天津条約についても「日本は、朝鮮の独立を担保しようと考えた」とわい曲した。

同紙は、韓国戦争(朝鮮戦争)当時に中国軍がソウルの南まで侵攻したことに言及し、「韓国にとり中国は侵略者だが、韓国は“国家”ぐるみの倒錯に痛痒を感じない」とし、「というか、倒錯への自覚・感覚がない」と主張した。あわせて「最大の貿易相手国・中国が主導する金融秩序には自ら身をささげ、朴槿恵・大統領(63)は北京で催される《抗日戦争勝利70年記念》軍事パレードを参観する」と非難した。

朴大統領の父である故朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領に対しては「《民族の悪い遺産》の筆頭に事大主義を挙げ、改革を模索した」と伝えた。続いて、北朝鮮に対しては「《悪い遺産》を嫌悪し自主・自立を意味する《主体思想》を看板に、米国と対立するのみならず、中国にも反発し始めた」と主張した。

同紙は、前日の社説では潘基文(パン・ギムン)国連事務総長の中国戦勝節閲兵式の出席を批判して「国連トップがこうした行動を続けるようでは、国連への信頼が損なわれることになる」とごり押し主張を展開した。

韓国政府、産経コラムに不快感 大使館通じ削除要求へ

韓国外交省は1日、産経新聞社が8月31日付で電子版に掲載したコラム記事の内容に強い不快感を示した。同省は1日、在日韓国大使館を通じ、同社に記事の削除と再発防止を求めた。同省によれば、同社は内部で申し入れの内容を報告すると回答したという。

記事は政治部専門委員の連載コラムで、今回の記事は「米中二股 韓国が断ち切れぬ『民族の悪い遺産』」と題し、朴槿恵(パククネ)大統領を、1895年に日本軍人らに殺された朝鮮の閔妃(ミンビ、明成〈ミョンソン〉皇后)にたとえ、韓国外交を「事大主義」として批判した。

韓国外交省の魯光鎰報道官は1日、この記事について質問を受け、産経新聞を名指しで批判することは避けたものの、「過去の歴史について厚顔無恥な主張をする日本の特定の人物と、それに関連するメディアの根拠のない記事」と指摘した。

韓国では、明成皇后でなく閔妃という呼称を使うこと自体にも不快感を覚える人が多い。この記事を巡っては、韓国の与野党やメディアも、「日本の極右派による妄言」(野党の新政治民主連合)などと主張し、強く反発している。(ソウル=牧野愛博)

産経新聞ニュースから

投稿日: 2015年12月31日 | 投稿者: ★ちょろQコレクション★

【検証「慰安婦」日韓合意】
対中戦略も見据え〝賭け〟に出た安倍首相 「約束破ったら韓国は終わる」「28日で全て終わり。もう謝罪しない」

慰安婦問題に関する「最終的かつ不可逆的な解決」で合意した28日の日韓外相会談は、本当に最終決着といえるのか評価が分かれる。日本は何を得て、何を失ったのか。韓国は再び問題を蒸し返すことはないのか。若手議員のころから20年近く慰安婦問題に取り組み、過去の経緯に精通する安倍晋三首相はどんな目的と勝算を胸に、年内決着を急いだのか検証した。

 □ □ □ 

韓国の尹炳世外相との会談から一夜明けた29日午前、岸田文雄外相は東京都内のホテルで静養中の安倍首相を訪ね、会談の成果や反応などを報告した。

「大変ご苦労さまでした。韓国外相に『最終的、不可逆的な解決を確認』と言わせたのは大きい」

安倍首相は岸田氏をこうねぎらい、合意事項について「韓国が約束を実行することをきちんと見ていく」よう指示した。韓国の歴代大統領はこれまで、何度も慰安婦問題を政治問題化しないと述べておきながら、政権運営に行き詰まると反日カードとして利用してきたことは、日本側はうんざりするほど分かっている。

「今回は韓国外相がテレビカメラの前で不可逆的と述べ、それを米国が評価するというプロセスを踏んだ。今まで韓国が動かしてきたゴールポストを固定化していくということだ」

こう周囲に語る安倍首相は、日本政府はこれまでの轍を踏んではいないと次のように強調する。

 「ここまでやった上で約束を破ったら、韓国は国際社会の一員として終わる」

慰安婦募集の強制性を認めながら問題解決に結びつかなかった「河野洋平官房長官談話」や、元慰安婦に償い金を支給したアジア女性基金の時とは異なり、今回は国際社会に注視されていたからだ。また、外務省高官も「これまでは韓国側が自分で『最終的』と言ったことはなかった」と前例との違いを強調する。

さらに安倍首相は、28日夕の朴槿恵大統領との電話会談の際にも、両国間の慰安婦問題が今回で「最後」であることを強く確認した。首相は29日、周囲にこう語っている。

「今後、(韓国との関係で)この問題について一切、言わない。次の日韓首脳会談でももう触れない。そのことは電話会談でも言っておいた。昨日をもってすべて終わりだ。もう謝罪もしない」

ただ、こうした第三国も巻き込んだ外交ゲーム的な交渉は、国民の目には分かりにくい。安倍首相による「おわびと反省」や、韓国政府が設立する基金への10億円規模の拠出などは、日本外交の敗北だとも受けとめられた。

「失望した」「愕然とした」「もう信じられない」「何のために首相になったのか」…。

28日に「慰安婦問題で日韓合意」のニュースが流れると、安倍首相のフェイスブックにはたちまち反発するメッセージが書き込まれた。特に、首相のコアな支持層とされる保守層からの批判は激烈だった。

そうした反応を事前に予想しながら、安倍首相が韓国との年内合意に踏み切ったのはなぜか。その答えの一つは、今年8月14日に発表した首相の戦後70年談話の次の一節にある。

「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

そして、28日の日韓外相会談後、首相は周囲にこう語った。

「韓国が慰安婦問題をもう蒸し返さないと約束できるのなら、子供たちを謝罪の宿命から解放できる」

 □ □ □ 

安倍首相は今年8月に戦後70年談話を出す直前、周囲に「謝罪外交に終止符を打ちたい」と語っていた。今月28日の慰安婦問題に関する日韓合意も、首相にとって同じ思いから進めたものだったのだろう。

「韓国側がきちんとこっちの求めに応じなければ、こちらも彼らに与えることはない」

「これで完全に終わりにできるかどうか。それを含めての外相会談だ」

安倍首相は会談数日前にはこうも述べ、決着をことさら急がないという姿勢を示していた。ただ、やはり自身の手で慰安婦問題に片を付けたいという思いは強かった。首相周辺は言う。

「韓国を黙らせるために首相は賭けに出た」

また、もう一つ日韓関係改善に動く理由があった。東シナ海や南シナ海で膨張路線を隠さない中国の存在と、それに傾斜する韓国の現状だ。

「慰安婦問題を引きずることが、東アジアの安全保障上、日韓両国にとってマイナスになっている。その状況を変えたい」

安倍首相は周囲にこう漏らしており、官邸筋も「日中韓の関係を変え、韓国を日本対中韓から日韓対中国の関係に引きずり込む目的があった」と語る。

そのための日韓交渉は、水面下で1年近く続けられていた。中心人物は谷内正太郎国家安全保障局長であり、韓国側のパートナーは李丙●(=王へんに其)大統領秘書室長だった。元駐日韓国大使で朴槿恵大統領の側近である李氏が、谷内氏を交渉相手に指名してきたとされる。

日本政府内には、谷内氏の交渉手腕を不安視する声もあったが、安倍首相自身は「絶対にだまされるな」「確証が取れなければ前に進むな」と繰り返し指示し、細心の注意を払いながら協議は進められた。

そして11月の日韓首脳会談では、安倍首相と朴氏は和やかな雰囲気を保ちつつ「お互い言いたいことをじっくり言い合った」(政府筋)。会談では新基金の構想についても「韓国側から打診があった」(別の政府筋)という。

「韓国は、慰安婦問題に関する国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産への申請もしないだろう」

安倍首相は周囲にこう語り、岸田文雄外相も28日の外相会談後、記者団に同様の認識を示している。しかし、韓国外務省は29日、こうした認識を「事実無根」と否定した。

日韓合意を一夜にして反故にするような行動だが、政府関係者は「国内向けの発言だろう」と受け止めつつ、こう総括した。

「慰安婦問題の行方を国際社会が見ている。最後は韓国次第だ」

(阿比留瑠比、田北真樹子)

http://www.sankei.com/premium/news/151231/prm1512310024-n1.html