元に戻すことを基本にした「ふるさと再生」を増税やTPP加入は復興・復旧を阻害する京都大学教授 藤井聡
被災者救援、復旧復興の遅れ
今回の東日本大震災の被災者を助けるかどうかは、究極的には「ご縁」の問題です。日本人の被災者と、必ずしも縁があるとは言えない遠い外国の被災者とでは、救援の規模の水準も全然別なのです。今回の震災は、同じ日本人として、民族的にも、東日本を助ける責務というか、義理もあります。何故こういうことを言わないといけないのか。多くの日本人が助けたいと思っているわけです。その証拠にたくさんの義援金が集まっている、助けてあげたいという気持ちがあるからです。そうした国民の思いと政府の救援・復旧復興の実態を比べた時に、どちらが高いのか。過去の経緯、例えば阪神淡路大震災の時に、また様々な災害の時に、日本政府がどう振舞ったか。今回はスピードと規模の点において相当の疑問を感じるわけです。
一概には比べられませんが、阪神淡路大震災の時と比べると、救援・復興のための法律の数も、スピードも非常に遅い。避難所へ救援物資が届くのも大幅に遅れました。がれきの処理や仮設住宅の建設の遅れています。今なお10万人以上が避難所生活を送っています。今の計画では仮設住宅が終わるのは盆過ぎです。つまりプライバシーもない避難所生活を5カ月も強いられる人たちがいる。長期間の避難所生活がどれほど体力的にも精神的にも疲弊させるか。そういう中で、相当数の年配の方々が亡くなっている実態があります。すぐに助けないとおぼれて死んでしまうかも知れないわけですから、何はさておき、急いで助けるというのが救援です。さらに原発事故の影響で被災者が苦しんでいます。にもかかわらず、政権延命のために第二次補正予算を組まずに国会を閉じるという議論が一時的にせよ検討されていたようです。恐るべき政治の怠慢だと思います。
それでも現地では、いろいろな人たちが何とか復旧・復興しようという意欲があります。政府が手を差し伸べれば、前に進むかも知れない復興意欲があります。ところが、首相はどう復旧・復興するかは「復興会議の議論の結果を待って具体化する」と言っています。単なる復旧でなく、エコタウンなど創造的な復興と言われています。現地にある復旧・復興意欲が削がれつつある、復旧が遅れることによって被災者が亡くなっていくんです。
誰のための復興なのか、恐ろしいことです。農業者や漁業者など被災者のもう一回やってみるかという気持ちを大事にすべきです。政府がやるべきは、被災者の復興意欲を財政的にも、制度的にも支援することです。単なる復旧でいいんです。まず助けて元に戻す復旧をして、普通の暮らしを取り戻すことです。創造的にというのは是々非々です。最先端のモデル都市を築き上げるのが復旧・復興ではありません。多尐不細工で不効率で、また防災上、多尐難があったとしても自分の足で立ち上がるというのが復旧・復興です。
ところが、「単なる復旧ではなく、創造的な復興が必要だ」という。住宅は高台に移し、漁港や工場などに通勤するなど、そういう復興は物理的に無理があると思います。ぼう大な費用と長時間を要します。被災者が生き残って本当に良かったという心理状況が続いている間に復旧・復興に進むべきです。支援するどころか、復旧・復興意欲が削がれている、それが一番心配です。被災者からすると「創造的な復興のためには犠牲が出てもしかたない」と聞こえるのではないでしょうか。
復旧・復興が遅れ、長期間にわたって避難所に留め置かれると、復興意欲がそがれ、あきらめが広がる。そういう状況を見越して、大規模な漁港や農地に集約して、創造的な復興に誘導しようとしているのではないかと、疑念が出てきても不思議ではありません。
どういう復興にすべきかどういう復旧・復興をすべきか。キーワードは、官民一体、現地と国と全国が一体となって「ふるさと再生」をすることです。特別立法によって国の出資を主体とした「ふるさと再生機構」(仮称)を設立する。
「ふるさと再生」とは、先ほど申し上げましたが、可能な限り元の姿に戻すこと、復旧することです。地域のコミュニティ(ふるさと)を再生する。その際に可能な限り工夫をする。防災的な工夫、都市計画上の工夫、経済合理性の工夫、いろんな工夫をする。可能な限り元に戻すやり方のメリットは、とにかく早く復旧できることです。新しいものを一から創造しようとすると問題点が分からず、失敗するリスクがあります。ところが、元あった町の問題点は地元の人たちが分かっているわけです。あの堤防はもう尐し高くしよう、津波が来たときのことを考えて、市役所など公共の建物はもう尐し高くしよう、避難路をきちんと確保しよう、などといろんな工夫ができると思います。
それぞれの町は、それぞれ地形が違いますし、地域の固有性があります。何十年、何百年もかけてできあがったものです。先人の知恵が詰まったものが元の形です。元に戻す復旧をベースに、可能な限り改善する。その時に例えば都市計画などの専門家の意見も聞いて参考にする。役に立てば採用し、役に立たなければ採用しなければいいんです。地元の人たちの声を最大限生かすべきです。
「ふるさと再生機構」の業務の第一は、復興関連事業における被災者の雇用創出を図ることです。震災によって職場を失った大勢の人たちに雇用の場を創出することです。そのためには、①機構が直接雇用して事業を実施する、②機構が被災者に雇用機会をあっせんして給与の一部を支給、③事業終了後の終業のあっせんなどを実施する。
第二は、被災地以外の全国の失業している労働者、とくに若年労働者に対して、復興関連事業の雇用を創出することです。
第三は、地域復興計画の具体化のために必要な調査・調整・提言を行うことです。
第四は、必要に応じて、機構が土地を買い上げ、直接復旧・整備を行う。また、地元の雇用創出と復興の加速化のため、コミュニティ型の会社を設立するための出資機能や債務保証機能を持たせる。
第五は、法律相談、利害調整のためのソフト支援です。一刻も早く義援金を被災者に今回の大震災に対する義援金は、5月末段階で約2500億円集まっていますが、被災者に渡ったものは約15%程度と言われています。第一次配分基準は、死亡・行方不明者や住宅の損害状態に応じて配分すると決めたが、その作業に手間取っているというのが理由のようです。
各県ごとの死者・行方不明者や被害状況(例えば被災床面積)の比例配分で、すばやく被災者に届くようにすべきだと思います。被害実態の判定があいまいだと責任が問われることを国は気にしているんだと思います。細かいことは県や市町村に任せるべきです。被害実態を一番よく分かっているのは市町村です。困っている被災者を助けたいと思って出した国民の義援金です。住宅も生活の糧も失っている被災者は、日々の生活費にも困っています。3カ月たっても被災者に届かないようでは、国民の気持ちをないがしろにしていることになります。
県や市町村に、そして被災者に一刻も早く渡すことだと思います。被災者1人当り、いくらという配分でも構わないと思いす。同じ金額でも、いつ被災者に届くかで効果は違います。遅れれば遅れるほど、復興意欲もそがれます。肝心なことは、困っている被災者に一刻も早く届けて役立ててもらうことです。
復旧・復興財源について
復旧・復興にどれだけの財源が必要か、まだ十分には分かっていません。大まかな試算で、約25兆円~47兆円程度と想定されます。
この規模の財源を、可及的速やかに集める必要があります。可及的速やかに集めないと、被災地を助けることになりません増税でまかなうことは無理です。もう一つは大胆な予算の組み替え、例えば社会保障費を一律半額カットとか公務員の半額カットとかで、25兆円を捻出することは机上の計算としては可能ですが、これでは国家機能が麻痺してしまいます。「子ども手当」や「高速道路無料化」など、いわゆる4Kといわれるのが「所得移転」です。所得移転とは、所得階層の高い人の税金を、所得階層の低い人に分配しようというものです。その考え方で被災地を集中的に助けようというのは妥当だと思います。しかし、そのやり方で捻出できるのは数兆円ぐらいです。
増税も予算組み換えもダメだとすると、国債の発行しかないと思います。国債の発行による財源確保については、すでに多額の国債発行残高があり、大量の国債を発行すると破たんするという見解が財務省を中心にあります。大量の国債を発行すると金利が上がって返済が大変になる等の理由です。「ギリシャのような危機になる」という見解もあります。しかし、ギリシャの国債の多くは外国の金融機関が保有していますが、日本の国債は9割以上が国内市場で消化されています。しかも、国債の金利を意味する長期金利は世界的に見ても最低水準です。なおかつ、日本は国外に純資産(対外純資産)が約270兆円もあります。それでも復興のための大量の国債発行によって長期金利が上昇(国債価格の低下)する可能性も想定されます。その場合には、日本銀行が積極的に市場から国債を買えば金利上昇は抑えられます。インフレを心配する意見もありますが、震災後、日銀は金融機関などに120兆円も資金を流していますが、そもそもデフレの今、インフレの兆候は見られません。仮に日銀のオペレーションを積極的に展開しなかったとしても、国債の金利がいくらか上がっても、日本の国債の大部分は国内で消化しているので資金が大量に海外に流出するような心配はありません。
国債発行以外に、復興財源として約90兆円に達している外貨準備(世界第2位)、その7割を占める「米国債」を売ることも1つの方法だと思います。米国も「トモダチ作戦」などと言っているわけですから、交渉の余地はあると思います。
増税とTPPは復興の阻害要因
復旧・復興を実現する上で、絶対にやってはならないことがあります。それは「増税」と「TPPへの加入」などの過度の自由貿易の推進です。この2つは、瀕死の状態にある東日本の復活を著しく阻害するからです。国と地方を合わせると約900兆円も借金があるので、増税しかないという見解が一般的です。政府は、復興債を発行し、その償還財源として増税することを決定しようとしています。
しかし、「増税」は需要を弱体化させることを通じて、日本経済にマイナスの影響を及ぼします。増税によってかえって税収が低下してしまうのは過去の実際が示しています。とりわけ、リーマン危機から日本経済は回復していません。現在のデフレ経済の中で、増税が日本経済に及ぼすマイナス効果は大きく、増税によってかえって税収が低下することが危惧されます。デフレスパイラルです。増税は絶対に阻止しなければなりません。
TPP推進論者が頻繁に主張する、TPP加入による日本経済回復のシナリオは、デフレ下にあって需要よりも超過した過剰供給分を、海外への輸出に振り向け、それを通じて国内の需要不足を解消して、景気回復しようというものです。しかし、東日本の被災地は、圧倒的な「供給不足」であり、過剰供給分を振り向ける対象は、海外ではなく被災地です。
さらに、被災地である東北地域は日本の食料供給地帯です。TPP加入による自由貿易の推進によって、諸外国の安い輸入品によって壊滅的なダメージを受ける農業や漁業など第一次産業中心の地域です。農業や漁業が復興するかどうかが鍵を握っています。「関税障壁撤廃による諸外国からの安い農水産品」という第2の津波がこの地域を襲えば、被災地は復興どころか壊滅的な被害を被ることは明白です。
被災した農業・漁業地帯が「復興」に専念できるためには、先行きの不透明感や不安感を払しょくすることが重要です。「TPP交渉の不参加の決定」がどうしても必要です。同じ復興財源をつぎ込んだとしても、増税やTPP加入となれば、結果的に復旧・復興に水を差し、効果は半減することになります。
巨大地震に備える列島強靭化を
『列島強靭化論―日本復活5カ年計画』という本を5月に出版しました。復旧のところはすでに申し上げましたが、とにかく基本は困っている人を助けようという一言です。政府が実際にやっていることは、率直に申し上げてそうなっていないと思います。地質学者は今回の大震災の危険性を予測していました。実は今回の大地震と大津波は、これからさらに迫り来る危機の前兆かも知れない可能性があります。本をご覧いただけば、地学的な危険性がご理解いただけると思います。「首都直下型地震」(30年以内の発生確率70%、想定最悪被害112兆円)、「東海・東南海・南海地震」(30年以内の発生確率50~87%、想定最悪被害81兆円)、さらに富士山噴火など危険性があります。
これらの自然災害は、被災域の人口規模ならびに経済規模のレベルが違います。今回の大震災は、首都圏から東海など太平洋ベルト地域で、こうした自然災害にきちんと対応しなければならないという、警告と解釈することもできます。
当面は、我が国の全力の賭して東日本大震災の復旧・復興をすることが重大事です。同時にその余力の全部を投入して予想される巨大地震に備えて列島の強靭化を図らなければ、我が国は「瀕死の重傷」を負うことになりかねません。それをこの国がどこまで出来るのか、私は非常に憂慮の念を持っています。なぜならば、この本を出版して間もないのに、ネットの書評に「どうせ土建屋が、金儲けのための公共事業をやるんだろう」という意見がたくさん書かれています。書評を書くのは自由ですが、多くの道路や橋、学校や上下水道などインフラは耐久年数を過ぎています。耐震補強や首都機能や経済機能の分散化など、予想される巨大地震に備えておかなければ、今回の大震災の何倍もの犠牲者が出るし、日本経済は壊滅的な被害を受けます。しかし、わが国の政治の流れを見ていると、巨大地震に備えたインフラ整備も分散化も行わないまま、巨大地
震に直面してしまうのではないかと心配で心配で仕方ありません。小泉政権の下で公共事業は半減しました。さらに、「コンクリートから人へ」という民主党への政権交代で、さらに公共事業の削減が進んでいます。公共事業の削減は地方経済の疲弊に拍車をかけています。まるで、公共事業は悪であるという論調です。
日本の全力を挙げた、大規模、かつ、速やかな被災地の復旧・復興を政治に求めたい。あわせて、予想される
巨大地震に備えた「列島強靭化」を訴えたいと思います。